紅1
また、お詫びしたいことが処々に。後書きにて…。
※再び、皆で夜の街へ行きます。政宗と小十郎が、→幸村な感じです。
が、佐助、慶次、元親の出番も同じくらいあります。
慶次の告白から数日が経ち…
元親は、部屋で頭を抱え込んでいた。
(何だって、俺がこんなに悩まなきゃいけねぇんだ…?)
とは思っても、その苦悩は簡単に追い払うことができない。
あれから、元親は大変複雑な気持ちで慶次のことを見ていた。
以前と同じように優しく、ときにからかったりする態度で、幸村に接する彼。
一見、どこも変わりなく思えるが…
その後々で見せる、あの瞳。…あの、笑み。――想いが溢れんばかりの。
きっと、許しが出れば惜しみなくそれらを降らせることだろう。あの、愛しい者に。
『お前って…順応性あり過ぎだろ』
元親は、呆れたように慶次へ言った。
『初めてのことなのによ、すげぇよな。同じ、野郎だってのに、気にならねぇのか?…確かにあいつはちょっと幼い…可愛い顔してるけどよ』
元親の言葉に、慶次は何とも思わない風で、
『全く。てか、俺あいつのこと女みてーに思ってねぇし。めちゃくちゃ男らしいしさ』
あっさり答え、『惚れたのは、中身』
はぁっ、と元親は感心したような声をもらした。
『やっぱ…すげぇな』
慶次は、ちょっと含み笑いをすると、
『――ごめん、嘘じゃないけど』
照れた顔になり、『俺も、実はそう思ってた。……幸は、可愛い』
―――………
(だあああ!!目も当てられん…!)
思い出す度、こっちが恥ずかしくなる!
悶々としていると、急に襖が開き、
「おう、いやがったか」
政宗が、いつもの横柄な態度で入って来る。
元親ももう慣れたもので、勝手に座り込む彼に気を悪くするでもなく、「何か用か?」
「今日辺り、行かねぇ?」
と政宗は、くいっと杯を煽る真似をした。
妓楼へ――という意味である。
幸村たちには言っていないが、実はあれ以来も何度か足を運んでいたのだ。
政宗と、やはりついて来るしかない小十郎とともに。
「あー、良いな」
悩みはあっても、それはまた別の話。元親は、すぐ乗り気になる。
「なあ、たまにはあいつらも誘ってみねぇ?」
「あー…」
(慶次はあれから飲んでねぇ…。もうしねぇと断言してたが、もし…)
その様子を賛成と取った政宗は、
「よし、あいつらが戻ったらすぐ声かけとくからよ」
ニヤリと笑い、立ち去る。
(…まあ、大丈夫か…)
あんなに真剣な顔をしていたんだ。
もしかすると、二人は泊まらず帰るかも知れない。…慶次のことを考えれば、それが自然である。
(…そんときゃ、俺も帰るとするか)
何だかんだで、やはり二人のことを心配し続ける元親であった。
(一体、何をしているのだろう…?)
幸村は、襖を見つめていた。
明るく華やかな広間で、半分ほど手の付いた料理を少しずつ食す。
再びやって来たこの妓楼。
知らぬ間に顧客になっていた政宗たちの顔もあってか、前回よりも豪勢なもてなしを受けている。
さらに、幸村の訪れを、遊女たちは大いに喜んだ。
『まあまあ、皆様お揃いで。これで、余興ができるわぁ――』
酒と食事が良い具合に入ってきた頃、彼女たちに引っ張られるようにして、慶次、政宗、元親の三人は、部屋から連れ出された。
(どのような余興なのだろうか…)
「おい、こっちのも食べて良いぞ」
斜め向かいに座る小十郎が、自分の前の料理を見て言う。
もう充分なのか、酒をゆっくり嗜んでいるようである。
「え、そんな――」
幸村は慌てて遠慮するが、小十郎は小さく笑い、
「好きにしろ」
(…そういえば、片倉殿と二人になったのは初めてだ)
ふと、あのとき聞けなかった話のことが思い浮かぶが――ぶんぶんと頭を振り、取り払う。
「…どうした?」
怪訝になる小十郎に、「いえ…っ」と、幸村は取り繕う。
――自分の好敵手の、右腕。
『竜の右目』と、恐れられる人。その強さは言うまでもなく。
いつも主の傍を離れず、その心は覚悟を決めている。
自分のあるべき道を見据えている――
彼を見ていると、佐助のことを彷彿せずにはいられない。彼と政宗も、自分たちと同じくらい強い絆で結ばれている。
しかし、自分だけがそれ以上の感情を抱いてしまった…。
「――片倉殿は、政宗殿にお仕えして、もうどれほどなのでございますか?」
「…ああ。もう、十年…いや、それ以上になるのか」
「そんなに前から…。某たちと、同じでござるな」
つい、そう言ってしまう。
小十郎は、誰のことを言っているのかすぐ分かったようで、「そうか」
「…羨ましいでござる」
「何がだ?」
少し目を見開いた小十郎が聞き返した。
「片倉殿や佐助が。――某が幼いときには、既に大きく。…十年経った今でもそう。いつまでも追い付けぬ」
「それは…どうしようもないだろう」
小十郎が、思わず微笑する。
「分かってはいるのですが。…ただ、早く同じ位置に立って、同じものを見たいと。そう…思うのです」
もどかしそうに言う幸村に、小十郎は微笑を消さずにいた。
「あいつは、果報者だな」
「そんなことは――」
と、否定しかけるが。
初めて見る、優しそうな笑みをたたえた小十郎の顔に、沈黙してしまった。
(…これは)
どんなに美しいおなごであっても……いちころ、だろう。
男である自分でも正視できず、幸村は目をそらした。
「――なぁ」
小十郎は、台に肘を置き、「…何か聞きてぇことがあるんじゃねぇのか?」
幸村は、ギクリと肩を揺らした。
「な、何…が」
「例えば――俺に想いを寄せてた、男の話…?」
小十郎はそう小声で言うと、台に身を乗り出し、視線を泳がせている幸村の顎を指で軽く持ち上げた。
そうされると、否が応でもその顔を見るしかない。
「そいつがどうなったか…知りたいか?」
そう浮かべた笑みが、とてつもなく不敵なものに思えた。
幸村は、たちまち怯えた表情になり、
(ああ、やはり…)
良い展開になどなったわけがなかった…ということか。
自分の想いを重ねてしまい、悲しみが湧いて上がってくる。
[ 36/88 ][*前へ] [次へ#]