引力4

「元親殿、どうぞ!」
「お、おう、ありがとよ」

(ま、眩しい…!直視できねぇ…)

ニコニコと菓子を差し出す幸村に、元親は目を瞬かせた。
…これが、慶次の言ってた、幸村の甘い物好きの…
本っ当に、幸せそうだな。…確かに見ていてこっちも――

いや、むしろ面白ぇ。
何か…

(…犬、みてぇ)

ぷくく、と口を押さえ、笑いがもれるのを防ぐ。
それに気付いた慶次と目が合った。
「だろ?」とその目は語り、再び幸村の方へと向く。…ずっと変わらない、温かい笑顔で。

墓参りで、心の整理でも付いたのだろうか。
元親は、その顔を見て思った。
今夜は特に、彼の優しい部分がとめどなく放たれている気がする。

「慶次殿、お疲れでしょう。今晩は、ゆっくり湯浴みをされた方が良いかと」

綺麗に食べ終わった幸村がそう勧めた。

「だなー」
「某はもう頂きました。元親殿はまだですので、ご一緒に」
「おう、背中流してやらぁ」

元親が、腕を出す真似をする。

「某は、お先に部屋へ失礼致しまする。しっかり温まって来て下され」

と、幸村は席を後にした。
慶次の布団を、きちんと用意しておく為だろう。足早に部屋へと去って行く。

その後ろ姿を、慶次はじっと見送っていた。

「どうだったよ?この三日」

元親は、柄にもなく気を遣う口振りで尋ねた。

「…ん?――うん…」

慶次は、少し照れたような顔をする。

「何だぁ?気持ち悪ィ。…さっきから何か変だぜ、お前」
「ちょっと!ひでぇだろ、そりゃ」

慶次が、苦笑しながら抗議した。

(――あ、戻った…)

元親は思う。
…さっきまでの慶次は何か妙に感じていたが、やっとらしくなった。

「何か、まだ…ボーッとしてたから」
「おい、結構疲れてんのか?」
「や、そうじゃないんだけど…」

(じゃ、何なんだ…?)
濁す慶次を、元親は怪訝そうに見る。


「…俺さぁ、分かったよ。――酒飲んだら、ああなるの」

(……は?)
元親は、目が点になる。

…何が、どう…分かったんだ…??
――まさか。

「――これが、やたら嬉しいのもさ」

と幸村が食べた後の、団子の串や包みを指す。

(おいおい…そりゃあ…)

元親の額から、冷たい汗が伝っていく。

「…あのよ。――あいつは、男…だよな?」

実にか細い声にしかならなかった。

「しかも、想う相手がいるよな?…女の」
「…うん。…ごめん」

慶次は、かすかに苦しそうな気持ちを見せた。
それに気付いてしまったからには、元親も強く言えるはずもない。

「俺に謝ることじゃねぇだろ…。…本気か?」

答える代わりに、慶次は見ていて清々しくなるほどの微笑をしてみせた。
…それは、花が舞うかのような。

(――何で、分かっちまったんだよ…)

元親は、がっくりと肩を落とす。
たが、そう思う反面、どこか高揚するのは何故なのか。

(…お似合い、だとか)

思ってたのか?…頭のどっかで。
いや、違う。それは友達の意味で――。

「きっと、もう酒が入ってもあんなことはしないと思う。…理由が分かったから」
「…本当かぁ?――それより、同じ部屋はやめた方が良くないか?」
「大丈夫、大丈夫。俺、そっち経験ないし…。つーか、向こうは全く気がないってのに、そんな、自分を陥れるようなことしねぇって。いきなり嫌われちまう」
「まあ…そうか」

元親も、頷くしかない。

「――けど、あともう少ししか一緒にいられない。…寂しいよなぁ」

慶次は、小さく溜め息をつく。
――既に、年始までは一月を切ってしまっていた。

そんな姿を見て、元親は何とも言えない気分であった。


(応援するべきなのか、そうじゃないのか…)







(……っかんねぇ――…)


慶次のことも幸村のことも考え、深く思い悩む元親。

彼こそが、一番気の毒な立場であるのかも知れない…。














慶次殿…いつものように笑っておられる。
良かった。…無事に戻られて。

幸村は、夢の中で安堵する。

慶次が部屋に来るのを待っていたのだが、彼はなかなか戻らず、幸村はいつしか眠ってしまっていた。

ようやく目を覚ますと、既に部屋はうっすら白んでいる。

(しまった、先に寝て…!)

隣を見ると、空の布団のみ。
一瞬、またどこかへ出掛けて行ったのかという思いがよぎるが、ちょうど良く襖が開き、その心配はなくなった。

「あ、おはよう」

見た夢と同じ笑顔の慶次が、部屋へ入って来る。

「何か、早く目が覚めちゃって。散歩してた」

「おはようございまする」と幸村は急いで返し、

「慶次殿、昨日はすみませぬ…。先に寝てしまっていたようで」
「いやいや!俺思いきり長湯してたからさー。こっちこそ悪かったよ」
「いえ、そんな…」

二人の会話はそれきり途切れてしまう。普段なら慶次が色々話してくれるのだが…。
幸村は何を話そうかと考えるが、パッと思い付かず焦ってきた。
まさか、墓参りのことなど聞けるはずもない。

(いつも通り、いつも通り…)

しかし、どうすれば良いのか分からなくなっていく。

「――あの、さ」
「はい!」

その返事の勢いに慶次は少したじろいだようで、次に出す台詞をためらっている。

(…慶次殿?)

慶次は、えーっと…などと呟き、

「…あの、お菓子。口に合ったかなぁ」

と、聞いてきた。

「はい、それはもう…!誠にありがとうございました!」
「…良かった。俺も嬉しいや」

慶次は笑顔になり、再び黙っていたが…

「あー…と、…幸に、謝んなきゃいけないことが…」

幸村は驚いたように、

「まさか。某には、思い当たりませぬ」

と、首を振る。
その様子を慶次は申し訳なさそうに見ていたが、小さく咳払いし、

「――ごめん。酒を飲むと、お前の布団に…」
「…!!」

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