独白2

恋だのおなごだの聞けば、すぐ「破廉恥ぃぃぃ!」と真っ赤になって叫ぶほどの、この歳にしては珍しい純情堅物男に、よくそんなことが。
佐助は、先の戦でのかすがとのやり取りを思い浮かべた。

(あんな軽口…。かすがより先に、旦那に気付かれちゃうとはなぁ)

「佐助?…ああ、その…任務はもちろん大事だが、お前なら首尾良くこなすであろうし。帰りに少々寄るくらいならば」
「あ、うん――了解。…いや、ありがと旦那。…分かってたの?」

少し引きつった笑顔で応じると、

「あの戦いの後…かすが殿が去った後の佐助の顔を見れば、俺でも何となくな。――ああそれと、あの前田殿に恋が何たるかを、うるさいくらい聞かされたせいもあるかも知れぬな」

と、幸村は苦笑する。

前田とは、少し前に突然上田城を訪れた風のような男、前田慶次のことである。
佐助は殴られ、幸村は初恋もまだのようだとか、からかいがいがありそうだの散々な言われようだった。

「そのような相手となかなか会えないのは、辛いのだろう…」

そう呟いた幸村のその横顔は、日が沈んだばかりの薄闇のせいなのか、今まで見たことのない、大人びた表情に思えた。

(…いつの間にか、そんなことも考えられるようになってたんだ)


恋かぁ…。旦那もいつかは。

――どんな恋をするのかな。


「佐助」
「ん?」

幸村は満面の笑みを浮かべると、

「土産は団子と、美味そうな甘味で良いぞ!」

と、全力疾走し始めた。
うおぉぉぉ!――と、いつものように熱い咆哮を上げながら、帰路を駆けていく。

「またぁー!?俺様、余裕ないって!頼むから、給金上げて!」

泣きそうな声を出しつつ、佐助もその後を追う。

どうやらかすがのことを話せて、スッキリしたらしいね、旦那。いつもの調子に戻って良かった。

(俺様も、この気持ちをスッキリさせたい、かも。…そろそろ)


近付く城下町の灯りが、二人を出迎えてくれるかのように、チラチラと揺らめいていた。














数日後の夜半、佐助は下された仕事を早々に終わらせ、かすがのいる上杉の居城へと足を運んでいた。

(何か、妙に緊張するな…)

特に何かしようと意気込んで来たわけではない。
確かに、気持ちをスッキリさせたいのはやまやまなのだが、色々複雑な思いが被さって、結局今日も、いつものように軽口を叩いて終わるだろう。
しかし、かすがの顔を見られれば大収穫だ。幸村が言ったように、元気な姿が確認できれば、それだけで。

気を取り直して、見つからないよう術を使いながら、城の屋根から屋根へと移動する。
かすがは、軍神の居室付近にいるはず。忍同士しか分からない伝達方法で、城の外に呼び出すか…

しばらく思案していると、佐助のいる屋根の上からよく見える中庭に、人影が現れた。
サッと身を低くし、覗くと、


――上杉謙信、その人。


(何とまぁ…!今見つかれば、かなりの窮地だね、こりゃ)

仕方ない、今回は諦めようと引き返すことに決める。
とりあえず、向こう側の屋根まで行ったら後は駿足で城から出よう。
そう思いながら、慎重に動いた瞬間…



――ぞくり、と肌が粟立った。



パッと後ろを振り向いたと同時、
パキンッという金属音とともに巨大な無数の氷の柱がその人物を覆い囲み、また細かい氷片が舞い散っていた。
きらきらというような音を鳴らし、月の光を乱反射させながら、透明な欠片たちがその姿を幻想的に映し出す。

佐助の顔は、月の逆光になって相手にはよく見えていないかも知れない。
しかし、下から見上げるように佐助と対峙したその人物の顔は、初めて間近ではっきり見たものだった。

それは、氷の欠片の光がなくなっても尚、冷たく美しい。


残る月の光のせい、なのだろうか?

とても同じ人間のものとは思えない、その漂う空気。
薄水色の、人形のような瞳。



――完全に魅せられていた。



刹那、死を悟った。
これは、かすがも一瞬で心を奪われるわ――と、変に納得しながらも。


…しかし、いつまで経っても永劫の暗闇はやって来ない。
それとも、既に自分が死んでいるだけなのか。

「……?」

わざと、技を外したらしい。佐助の身体はどこも傷付いていなかった。

(うっわ、恥ずかし――完全にやられたと思ってた…!)

実際死んでいたら、恥ずかしいどころの話ではないのだが。
武田の忍だと分かりきった姿で息絶えるなど、あってはならないことだった。密命でもないのに敵地に乗り込み、素性をさらしてしまうなど。
信玄と幸村のことを思い、佐助は顔を歪める。

(さぁ…何て説明して、命乞いしようか)


「…わたくしのつるぎは、ここすうじつにんむがつづいていたので、こんやははやにやすませました」

あ、バレてる…俺様が誰か、何しに来たか。
無様にもほどがある…

「またあす、しらせをよこすといいでしょう。あすはやすみをあたえているので」

――は…

佐助は、まるで金縛りにでもあったかのように、言葉を発することも身動きをとることもできず、軍神が部屋に戻っていくのをぼんやりと眺めていた。

…後には、白い月の光があるのみで。


情けないことにしばらく動けず、城から離れるのには幾ばかりか時間を要した…。











山中の寂れた無人の寺に、佐助はひっそりと入り込んでいた。
そこでしばらく座禅を組んだり、横になったりしていると、ようやく心臓の鼓動が静まってくる。

(本当にヤバかったなぁ…。見逃してもらえて助かったけど)
二度とこんな失敗はしませんから、大将、旦那。

初めからかすがに合図を送るとか、日が昇ってからにするとか、安全な手はいくらでもあったのに。
今日は、本当にどうかしていた。いつも冷静な自分らしくもない。

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