引力3

きびきび動く部下を見ながら、「ねえ」と佐助は声をかけていた。

「しんどくない?…大将みたいな人、と」
「…どうしてです?」

部下は、少し悲しそうな目をして言った。

「いや、何て言うか…。旦那の為とはいえ、お前の他にも…」

…まぁ、そんなの忍の分際で言えることではないのは分かりきってはいるのだが。

特別な恩情ったって、結局こいつを取り込もうとしただけのものだったら。

(――って、そこは突っ込んじゃ駄目だろ)

佐助が後悔していると、

「…ああ。そんなことはありませんよ」

と、部下は微笑む。

「え?」
「長が思ってるようなものじゃないですよ。…信玄様は、こんな俺にも与えて下さるんです」
「与えて?」

部下は、はい、と頷く。

「心を、です。だから、俺は恵まれてるんです。…他の方には見せないあの方の顔を、俺は沢山知っています。実は、ひっそりと誇りにしてるんですよ」
「そう…なんだ」
「空っぽだったここを、温かいもので満たしてくれたのです。…これほど幸せなことはないですよ」

と、自身の胸に手を当てる仕草をする。

(あいつと同じようなことを言うんだな…)

「魂が惹かれる、ってやつ?」

冗談めかして言ってみる。
すると、部下は小さく息を飲み、

「――長も、ですか」
「え?違うよ。…誰かさんのお話」

佐助は、妙に冷めた口調になる。

「そうですか。――そんな人に逢えるだけでも幸運ですよ。…だから、どんなものにも捉われず、その心は大事にすべきかと」
「だから、俺様じゃないって」
「あ…はい」

頷くくせに柔らかいままの部下の表情に、佐助の心はますます落ち着きをなくしていくのだった。














「…明日には、帰って来られるでしょうか」

幸村は、気がかりで仕方がないという様子で呟く。
――慶次が出掛けてから、三日目の晩を迎えていた。

「んな心配するこたねぇって。あいつのことだから、どうせそこらでのんびりしてんだろ」

正面に座る元親が、気楽な声で言う。
晩の食事も終わり、二人はそのまま席で茶をすすっていた。

「ですが…」

と、出入り口の方を気にする幸村を前に、元親は少々後悔の念にかられる。

(…やっぱ、言うんじゃなかったぜ)

慶次が発った翌朝、幸村は、彼がどこへ行ったのかしきりに元親へ聞いてきた。
突然、一言もなくだったので、心配になるのは当然だろう。

幸村が気の毒だったのと、特に口止めされてはいないことを思い出し。
恐らく、昔の大切な人の墓参りに行ったのではないか――と告げた。
そう言うと幸村も納得したが、すぐに別の心配が湧いたようであった。

(…とことん、優しい――んだろうな、きっと)


『実は…薄々そうなのだろうか、と。――やはり、亡くされて』

自分のことのように辛そうな顔になる。

『俺も、はっきり聞いてないけどよ。多分そうなんだろうな』
『…どうすれば、その辛さを軽くできるのでしょう』

幸村は、思い詰めた顔で元親を見上げる。

『某は、慶次殿に本当に良くして頂いた。…してもらってばかりなのです。こちらも友として、何か…お力になりたいのですが』

元親は、幸村の肩を軽く叩き、

『…そんなに考え込むなって。こういうのは、本人にしか解決できねぇもんだと思うぜ、俺は。…お前は、いつも通りにしてりゃ良いんだよ』

と、静かな口調で言った。

『いつも通り…』
『おうよ』

元親は、普段の頼りがいのある笑顔を見せる。

『お前といるときのあいつ、すげぇ楽しそうだぜ?…そりゃ、過去ってのはどんなもんでも消せやしねぇし、乗り越えんのも自分にしかできねぇ』
『…はい』
『けどよ…お前や俺たちや、あいつの周りの大勢の奴ら。あいつが一緒にいて楽しめる人間と、馬鹿なことやったり面白ぇことやったり――そういうのは結構、力…になるんじゃねぇかと。…そうも思うからよ』

そう聞いた幸村はすっかり元気付けられたようで、『いつも通り』で慶次を迎えるべくハツラツと過ごしていたのだが…

三日目でもう、帰りが遅いと不安になっているわけである。


「キキッ」

ふいに動物の鳴き声がしたかと思うと、

「いてッ」

とすっと、元親の頭の上に声の主が飛び乗った。

「夢吉殿!?」

幸村が驚いたように入口の方を見ると、予てよりの待ち人が、あのいつもの笑みをたたえて立っていた。

「慶次殿!」

勢い良く幸村は立ち上がり、

「お帰りなさいませ!」
「…ただいまぁ」

幸村の第二声に、慶次はたちまち嬉しそうな顔になった。
二人の座る席に近寄り、しばらく立ったまま幸村の顔を眺めている。

「慶次殿?」

戸惑ったように幸村が見ると、慶次はニコッと笑う。

「…なーんか、すっげぇ久し振りな感じ。…俺、帰って来たんだなぁ」

と、幸村の頭を撫でた。

「…?」

いつもなら子供扱いだと嫌がる幸村であるのに、慶次の様子に気を取られ、されるがままになっていた。

「はい、これお土産〜」

慶次は台に、団子や餅、菓子などを次々置いていく。

「こ、こんなに…っ」

幸村の顔が、みるみる輝いていく。
それを見て、慶次はますます笑顔になった。

「ありがとうございまする…!」
「いやいや!早速食べてみようぜ。お土産って言っときながら図々しいけど」
「そのような…!皆で食べた方が、さらに美味くなるというもの」
「へへっ、そうだよなぁ」

幸村は、うきうきしながら包みを開け、二人の前に準備していく。

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