咲く5


「…な。…行く、な…」

慶次の呟きに、幸村は目を見張る。
自分に言っているのかと思い、やはり目が覚めているのか?と、まじまじ見つめる。

「……もう、どこにも……俺を、置いて……」

慶次の顔が苦しそうに歪んだかと思うと、閉じたままのその目から、一筋の滴が流れ落ちた。

「――!!」

幸村は、慌てて周りを見渡した。…誰もいるはずがない。

(あの慶次殿が、泣いて…)

幸村は、いつも笑顔の絶えない彼のことを思い、とにかく驚いていた。

…これ、だったのか。
初めて慶次と会ったときに垣間見えた気がした、あの哀しみ。
(置いて、行かれたのか。…大事な人に)

だから、じゃないんだろうか?――慶次が人肌…というより、温もりを求めるのは。
自分は体温が高いからな…。夏は暑苦しいのだろうが。
少し間違った見解もしている幸村だったが。
…慶次の、その辛そうな表情に、自分の胸も痛んだ。

彼は、自分を救ってくれた…。どうしたら、同じことをしてあげられるのか。
それで彼が安心できるのなら、同じ布団で寝るくらい、何てことはない。

幸村は、そっと袖で慶次の涙を拭い、布団を掛けてやった。
段々温まって夢見が変わったのか、慶次の顔が緩やかなものになっていく。

(――ここに、おりまするよ)

心の中でそう声をかけると、掴まれた手の力が徐々に弱まる。
幸村は、少しずつその手を自分の手首から離した。
…強い力だったせいか、なかなかその痕の熱は冷まらない。

慶次は、今やぐっすりと深い眠りへと入り込んだようだった。














「おう、待たせたな!」

数刻が過ぎ、元親、政宗、小十郎たちが戻った。

「何か、こんな人数で朝帰りっつーのも、妙な話だよなぁ」
「…俺は、政宗様の警護をしていただけだ」
「何言い訳してんだよ、お前は」

政宗はニヤニヤするが、小十郎は幸村に首を振って見せる。

「お。…これ、とれてるぜ」

ふと気付いたように、政宗が幸村のほどけていた髪を指ですくう。

「ああ…また」
「何ぃ?」

元親が近寄り、「また自分で結ったのか?言えば俺がやってやんのによ」
「馬鹿、違ぇよ。…閨事でとれたんだよ。な?」

政宗は、髪をさらさらと弄ぶ。

「なっ…、違いまする!」

そこで三人は、敷かれた布団に気が付いた。

「照れるこたねーだろ」
「……」

が、元親は無言のまま布団に近付き、パッとそれをめくり上げる。

「!…何っ――朝?」

さすがに目を覚ました慶次が、中から飛び起きた。

「…Ha?何だ、お前。こんなとこで寝てやがったのか?」
「あ、あの、慶次殿は少し前にここへ…。飲み過ぎ…でしょうな」

幸村は、どうにか取り繕う。

「お前は…。せっかく俺が…」

元親が、わなわなと拳を震わす。
その気持ちがすぐ伝わった幸村は、「元親殿…!」と目で訴えた。
それを見た元親はどうにか落ち着いたが、代わりに虚脱感が彼を襲ったのは言うまでもない。
そうなりながらも、きっちり幸村の髪を結ってやった。

「何だ、元通りにしちまったのか」

政宗が残念そうに言う。

「?」

何も分かっていない幸村を庇うように、元親は政宗の前に立ちはだかった。

「――くぉら、政宗」
「Jokeだろ」

(…本当か?)

「大変だな」

分かっているのか定かではないが、小十郎の声は少々労しげであった。

一方、慶次はというと。


(…また…やっちまった…)

激しく落ち込んでいた。
…布団からは幸村の香りがする。
幸村と目が合うと、気遣うような笑みを向けられた。

うっわぁ…また気ィ遣わせた…。
ていうか、昨日…どうしたんだっけ?
散々飲んで、女と部屋出て…えーっと――

ヤバい…本気で思い出せねぇ。…俺、最低だ。

「ちょっと俺…行って来る」

慶次は、若干ふらつきながら出て行った。











「良かったな、怒られなくて」
「…うるさい」

からかう政宗に反論する慶次だが、その声は到底弱々しい。
慶次が『失礼』な仕打ちをした相手は、別段腹を立てる風でもなく、むしろ姿を消した彼の心配すらしていた。さすが、慶次の広い顔や厚い人望がよく浸透しているようである。
必ずまた足を運んでくれとも頼まれたのだ。

「皆さんで、是非――ってさ。今度は、面白い余興をしてくれるって」
「そーかそーか。そりゃまた近い内に来てやんねぇとな」

元親が、心底嬉しそうに笑う。

「某は、もう…」
「かてーこと言うなよ。その、女神様にまた会いたくねぇのか?」

と、政宗が幸村の肩に手を乗せた。

「そのようなことは…っ」

そう言いつつ、幸村は赤くなる。

「心配すんな。『さよ殿』には黙っといてやっから」

元親も一緒になってつつき始めた。

「でも…誰なんだろう?そんな美人、いたかなぁ…」
「俺らも拝んでみてぇもんだぜ。今度、必ず会わせろよ?」
「…って言われてもなぁ」

困惑気味の慶次に政宗は舌打ちし、「しっかし、何でお前先に寝たんだよ…勿体ねぇな」

と、幸村を、憐れむように見た。
はは…、と渇いた笑いをするしかない幸村だったが、

(――また、会えたら…今度は名を尋ねよう)

と、こっそり妓楼を振り返ったのだった。







*2010.10〜下書き、2011.6〜アップ。
(当サイト公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

そして、遊女の言葉使いごめんなさい!背景フワッフワだし、せっかくの場所なのに何だこの展開はという。

タイトルがそれですから、それぞれの胸に何やらが…ってのを、もっと素敵に表したかったのですが。いやはや、何とも。
色気なかったぁ…やっぱ(´Д`)

忍ならきっと声色も色々変えられるんですよね(´∀`)

てか、お館様にとんでもねぇ設定させちまいました…すみません。

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