咲く2

昨晩のことを思い出した。
元親が幸村の頭を撫でたとき、即座に奪い取るような形で自分の方へ引き寄せた慶次。
『――ちょっと、お……、幸をけなさないでくれる?』
…あれは、『俺の』って言おうとしたんじゃねぇのか…?
こいつは気付いてないようだが。
恋多き男だってのに――

でも、それなら分からないままが一番だ。幸村には想う女がいるのだし。

「…ん?」

元親は慶次の肩辺りに顔を寄せ、鼻を利かす。慶次は焦って、

「な、何?酒臭い?」
「…いや。花の匂いがする。何か付けてんのか?」
「ああ――何だ。特に何も付けてないけど…よく言われる」
「『薫の君』かよ。…ずっと女が絶えねぇから移ったんじゃねーか?」

元親が冷やかすように言う。「あ、正に『光源氏』だよな、お前って」

…髪をしてやった際に、幸村からもその香りがしたことは黙っておく。

「そういえば、幸は甘ーい匂いがするんだよ。…甘い物好きだからかねぇ?」
「…おい。不適切な言葉は慎め」
「いや、ホントだって!あいつ、熱血でいかにも暑苦しそうだろ?けど、意外にさー…」

(そういうことじゃねぇよ…)
元親は軽い頭痛がしてきた。

「…あいつは、甘いもんが好きなのか?」
「そうなんだよ!見たら驚くぜ?あの、幸せそうな顔といったら――」

と言う慶次の方が、いかにも幸せそうである。

(…こりゃ、どうにかしねぇと)
元親は、決心した。

「おい、次の休みはいつだ?」
「?何で急に?」
「…お前には、癒しが必要だ」

元親は、ニッと笑い、

「都一の妓楼を紹介しろ。――今度の休み前は、色街へ繰り出すぞ」














「さすがと言うか、何と言うか…」

佐助は、呆れたような声を出す。
客として借りている一室。そこで部下と二人、話をしていた。
幸村たちの部屋に近いので、すぐ駆け付けられる。が、深夜はもうこちらに戻っているのは、慶次のことを危険視していないせいでもある。
朝になりやっと、昨日の続きの様子を耳にしたのだった。

「独眼竜ってば、大した色男だねぇ…。片倉のダンナも」

若造のくせに、どれだけ経験豊富なのよ、あいつ。

が、部下は至って真面目な顔で、

「まぁ…流行っていますからね、今は」
「お前がそんなこと言うなんて…驚きだね」
「あれ、そうですか?長は知りません?そっちの」

…確かに、そういう趣味の人物は多い。任務でも必要な場合もあるだろうが、佐助はそれ以外の方法でこれまでやってきた。対象が、女であるなら話は別だが――

「…知識はあるけど。実践したことはないわ」
「――意外です」

部下の目が、少し大きくなった。

「何でよ?」
「いや、長は何もかも知っていると思っていて。全てに通じようとしそうな気がしていました。…あの、独眼竜に似て」

すぐに佐助は嫌な顔になり、

「あんな奴と一緒にしないでくれる?俺様は、そこまで勤勉じゃないよ」

嫌味たっぷりに言い放った。

「…若様、狙われるかも知れません」
「え、」

相変わらず、部下は冗談を言っている顔ではない。

「旦那が、竜に?」

佐助は、吹き出しそうになる。

「はい。彼の『好み』でなければいいんですが。若様、よく目を付けられますし…」
「ちょ…本気で言ってる?」
「え、…あ」

部下は顔色を変え、「あの――てっきりご存知かと…」

「知らない!…誰!?そんな不届き者!――言って」

何度見ても、臓腑が凍るその笑み。――部下は、ゴクリと唾を飲み込み、

「あの――××様…や、○○様、△△様…など」

武田の家臣の中でも凄腕の武将や、和平を結んだ近隣諸国の武将たち。
佐助は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
…まさか、そんな下心があったなんて。

「いえ、決してそれだけではなく。若様が立派な方であるからこそ、人柄そのものに惹かれるのでしょう」

部下が、佐助の心を読んだかのように慌てて言った。

「…そうなの?じゃ、旦那が童顔で可愛くてしかも純情だからとか、そういうのは関係なくて?」

(それは…かなりあるとは思いますが)

「やはり、一目置かれる存在であるからこそ…仕方がないのでしょうね」
「そっか…。――てか、何で俺様が知らなくて、お前はそんなに詳しいのよ?」
「でも、俺くらいしか知らないと思います。言わないだけで、長も知っているものだとばかり」
「何だよお前…。何者?」

部下はしばらく黙っていたが、

「どうして彼らが若様に手を出さなかったか、分かります?」
「さあ…。――あ。お前が張ってたのか?大将にでも言われて」
「まあ…それもありますけど」
「じゃ、やっぱ大将は知ってたのかぁ…。俺様に言ってくれたら良かったのに」

口を尖らせる佐助に、

「そうじゃないと思います。お二人は、信玄様の息子のようですから――言いにくかったのだろうと」
「何で?旦那はともかく、俺様そんなの平気なのに。――ああ、奴らを殺されかねないと思ったのかなぁ?」

それは正しい判断だったかも、と佐助は冷徹に笑ってみせる。
…部下は、背筋が凍るのを感じた。

「あの…じゃあ言いますけど。絶対に、知らない振りをしていて下さいよ?」
「当然だろ?話せるか、こんなこと」
「必ずですよ」

部下は、さらに小声になり言った。

「…彼らがそうしなかったのは、信玄様に情けを頂いているからなのです」

――はい?

「それは…、言葉通りの意味でなく…」
「はい。…特別な、恩情を」

そりゃあ…さすがの俺様でも驚いた。

それで言わなかったってわけだ。

「つまり、大将の魅力で奴らを参らせて、旦那に被害が及ばないようにしてたってわけ?…やり方がすごいねぇ」
「信玄様は言うまでもなく…魅力的な方でいらっしゃるので」
「はぁ…大将は大物だねぇ、やっぱり」

旦那が知ったらどれだけ驚くことやら。
――口が裂けても言わないが。

「…嫌、ですか?」

部下が、暗い表情で見ている。
佐助が信玄のことをそう思うのを案じているらしい。

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