宴5
「いやぁ、二人は言い寄られることが多いのがすげぇ!俺なんか、いっつも自分からだもんな」
「それでもほとんど上手くいってやがんだ、そっちの方がすげぇだろ」
元親が呆れ笑いする。
「――じゃあ、そろそろ。…片倉の兄さんのお話が、聞きたいなぁ」
慶次が、いかにも聞きたくて仕方がないという声で言うと、一瞬で場が静まり返った。
(絶対無理だろ…)
元親も、上にいる佐助も全く同じ思いであった。
「…小十郎は、半端じゃないぜ?もう、モテるとかの次元じゃ収まらねぇ」
政宗が、畏れ入るというような声で言った。
「何か、すごそう…!一体、どんな…!?」
「…政宗様、お戯れが過ぎますぞ」
小十郎が低い声で唸るが、その顔は思ったより恐ろしいものではない。
「俺にもあまり話してくれねぇから、ほんの一端なんだろうが…。こいつは絶対話さないだろうから、俺が代わりに聞かせてやる」
と、政宗は自分の話をしていたときよりも生き生きと話し始めた。――小十郎は、諦めたかのように溜め息をつく。
こうして、小十郎の武勇伝は今夜一番の肴となった。
聞く内に、慶次も元親も、そして佐助も、彼の前にひざまずいて頭を垂れたい気分になっていく。
自分たちも結構イケてるんじゃないかと思っていたのを、すぐにでも撤回したい。これに比べたら、自分たちのは、ままごと程度に思えてくる。
(こういうのが、真の色男ってもんか…)
全員、尊敬の眼差しを小十郎に向ける。
(――少し分からぬ話もあったが…片倉殿がすごいということは窺えた)
幸村だけは、やはりよく理解できていないのだった。
「これで一端だなんて…師匠と呼ばせてくれ!」
「どうやったらそんな風になれるんだ!?師匠!!」
必死になる慶次と元親だったが、小十郎は全く取り合おうとしない。
「こいつの本当にすげぇのは、寄ってくるのが女だけじゃねぇってとこだ」
政宗が、最後の楽しみに取っておいたとでもいうように、自慢気に発表した。
…それは、つまり――
「罪作りな男だぜ。なぁ?」
幸村は、心臓が跳ね上がる思いであった。――自分と同じような者から、片倉殿は…
その者はどうなったのだろう…。
小十郎を見ると、表情一つ変えていない。しかし、嫌悪感を浮かべているでもなく。
(…聞きたい。だが――)
無意識にずっと見てしまっていたらしく、目が合った。
小十郎が、少し驚いたように目を見開いたので、幸村は慌てて視線を外した。
「へぇー、どんな話?」
酒が進んでいる慶次は、ゴロリと横になって続きを促す。
幸村は、聞きたいような、恐ろしいような、変な緊張に見舞われてきた。
「――まぁまぁ、そういう珍しい話は次の楽しみにとっとこうぜ。…さあ、最後はお前だぜ、幸村」
元親が、少々唐突に切り出す。…心なしか、顔色が良くない。
「そ、某の…」
幸村が、さっきの緊張感からも熱が上がったようで、かぁっと顔を赤らめた。
「お、イイ反応!さては、今春真っ只中か!?」
元親が、うりうりと片肘で幸村をつつく。
「えー、片倉さんの話はぁ?まずはそっちから…ねぇ、政宗」
「俺はどっちでも良いぜ?こいつの話も聞きてぇし」
真っ赤になった幸村を、政宗は面白そうに眺める。
「そうだぜ。あんまりすげぇ話ばっかだと、こいつが可哀想じゃねぇか。お前、いかにも初心って感じだからよう、どうせ初恋に毛が生えた程度のもんなんだろ」
元親が気遣わしげに幸村の頭を撫でる。
幸村は、心配されているのか馬鹿にされているのか複雑な心地になっていた…。
「――ちょっと、お……、幸をけなさないでくれる?」
慶次が、起き上がって元親から幸村を引っ張り寄せる。
よーしよーし、と幸村の頭を撫でるのだが、手元が怪しく髪がめちゃくちゃになる。
「慶次殿、飲み過ぎでござる…」
幸村は、髪を直しながらその手を引き離した。
その光景を見ていた元親の顔からどんどん血の気が引いていく。
「お、お、お前ら…!そういう関係か?そうなのか…!?」
「へ?」
わなわなと震える元親に、二人はキョトンとした。――そういう、って?
「――ああ、その手の話が嫌だったのか。それならそう言えよ、もうしねぇから」
何だ、という感じで政宗が言った。
「いや、そうじゃねぇ。そんなわけねぇだろ…俺がそんなもん恐がるわけ…」
元親は、遠い目でぶつぶつ呟いている。
「…??」――二人は首をひねったままだ。
「お前ら、恋人同士なのか?」
――見かねた小十郎が代弁した。
「「――はぁ!?」」
慶次と幸村、同時に頓狂な声を上げる。
「…と、あいつは聞いているんだ」
小十郎が、フッと笑いながら言った。こんなときだが、珍しいものが見られたな、と二人が思ったのは無理もない。
「元親殿、断じて違いまする!某たちは友でござる!」
「そうだよ、兄弟とか言われちゃうほど仲が良いもんだからさぁ!誤解だって」
「そ、そうなのです!某はさよ殿が――」
と、幸村は言いかけて飲み込んだ。
慶次も、「あ」と小さく漏らす。
「…さよ?――お前の女?」
元親が、目に生気を宿して戻ってきた。
「い、いや…。――片想い…でござる」
「…へぇ」
元親と政宗は、何とも言えない表情になり、小十郎はちょっと意外そうな顔をした。
「それよりお前…元親。嫌じゃねぇって言いながら、あの反応。おかしいだろ」
政宗が、元親ににじり寄る。
元々押しに弱い性分だったのだろうか――政宗の迫力に根負けしたかのように、元親は重い口を開いた。
「――俺ってよ、今じゃ想像つかないと思うんだが…ガキの頃はひょろっちくて、見た目も真っ白い、男だか女だか分かんねぇナリでよう」
「……」
一同、無言である。
「…言いたいことは分かる。良いんだよ、そのお陰でこんなにゴツくなれたんだから!――で、どこぞの坊さんに、その手の小姓と間違われてよ…」
「Ahー…それが原因で…」
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