宴4
どれほどイイ女なんだか。旦那があんな顔するなんてさ――
かすがもそうだったけど、人って恋すると変わるもんなんだなぁ…。旦那もちょっと色気が出て、男っぷりが上がったんじゃない?
…甲斐に戻ったら、存分に聞き出してやろう。
まさか自分のこととは露知らず、佐助は一人忍び笑いをするのだった。
「三人とも、出場おめでとう!」
慶次が楽しげに杯を高く持ち上げる。
「まあ軽いもんよ」
ふふん、と元親はすこぶる機嫌が良い。
「本番では、お前をぶっ倒すから覚悟しとけ。――んで、最後は俺と真田の一騎討ちな」
と、政宗は嬉しそうに酒で唇を濡らす。
「望むところでござる!」
幸村も、それを心から楽しみにしているようだ。
――宿の個室を借りて、五人はささやかな宴を開いていた。
政宗と小十郎は中で二つに仕切れる広い一室を借りることにし、五人はちょうど隣近所の部屋に割り振られている。
ちなみに、幸村と慶次は同じ部屋に泊まっていた。
「小十郎、ここにいる間くらい小言はナシだぜ?」
政宗が、なかなか酒に手を付けない小十郎を見かねたように言った。
「しかし、自分まで…」
「遠慮すんな。どうせ俺から離れねぇんだろ?なら、一人不参加ってわけにはいかねぇな」
意外にも穏やかな笑顔で言う政宗を見て、小十郎は観念した。
窓の外や、階下からは人々の明るい話し声や笑い声が響いてくる。
空気も花も、全てが奥州――自分たちの住む国とは違う。
これで主からの酒を断るなんて、無粋な真似極まりないか。…そもそも長く居るつもりで、ここへ来たのだ。
一国の主として民を率いることは、歳を重ねた者でも骨が要る。
こうして見ると、政宗はまだまだ若い。その資質と才覚は充分持っているとはいえ――。
(たまの休養も、悪くはないか…)
「しかし政宗様…あまり飲まれませぬよう」
「何だ?独眼竜は酒に弱いってか?」
元親が、呆れたように二人を見る。
「それなら某と同じでござるな!某、酒は好きなのですが、まだ量には慣れておりませぬゆえ」
「Shit…余計なこと言うんじゃねぇよ、小十郎。…俺は弱いんじゃねぇ」
「同じようなものでしょう。――命が惜しけりゃ、政宗様に飲ませ過ぎるな。…酒癖の悪さは天下一品だぞ」
小十郎が、その強面を一層強める。
(――てか、アンタの顔の方が、今一番怖いんですけど…)
「じゃ、二人にはこっちの酒な。これ、飲みやすいヤツだから」
慶次がそう勧めると、
「これ美味でござるよ、政宗殿!某も、こちらに来て初めて飲んだのですが」
「Huーm…」
幸村の明るい顔に、政宗も興味引かれたようだ。
「はい、政宗」
慶次がさらりと言ったので、小十郎が目の色を変えるまで誰も気付かなかった。
「テメェ、政宗様を呼び捨てに…」
「あ」
政宗も元親も、そこでやっと慶次の方を見る。
「え、いいだろ?友達になったんだから。なぁ、元親」
「…変な奴。改めて言われっと、むず痒いだろーがよ」
元親は苦笑いするが、気を悪くした風ではない。「じゃ、俺もそう呼ぶとするかな。えーっと…政宗、慶次、幸村…」
「テメェら…」
「Wait、小十郎。…前田ァ、お前よくそんなこっ恥ずかしいこと、真顔で言えるよな」
政宗はいかにもおかしそうにする。
「政宗殿!」
突然、幸村が真剣な眼差しを政宗に向けた。――その顔は、目前まで迫っている。
「な、何だよ真田…」
(てか、近いって…!)
「――幸村と…呼んで下され」
「…はぁ?」
幸村は、慶次から聞いた話を政宗たちに披露した。
強さを認め合った者同士は、友になるのだと。
親しみを込めた名の呼び名についても。
「ゆえに片倉殿!慶次殿は、決して政宗殿を軽んじて呼んだのではなく――」
「分かった分かった。落ち着け、真田」
「では、片倉殿も…」
「…俺は苗字で良い」
「ああ、それはそうかな。片倉さんは、うん」
慶次は、面白そうに頷く。
「お前、こいつの言うこと鵜呑みにしてんのか…?」
政宗は笑いを堪えるが、幸村の真面目な顔を見ていると、何も言い出せなくなってきた。
それは、他の二人も同じであるらしい。
(い、言えねえ…!!)
そんな三人の様子を、慶次はニヤニヤしながら眺めている。
「おう、俺ら友達だな!幸村、アンタのことますます気に入ったぜ」
元親が幸村の肩に腕を回し、杯に酒を注ぐ。
「…恥ずかしい奴らだぜ、この歳になってよくそんな…。――おい、さな……幸村」
「はい!政宗殿?」
幸村は、ぱっと嬉しそうに振り返る。
「友…かも知れねぇが、お前は俺のrivalだ。それは忘れてくれるなよ」
「もちろんでござる!貴殿はこの幸村が必ず倒す!」
「OK、上等だ」
はいはいはいはい…と、慶次が間を割ってくる。
「大会までは平和にいこうよ」
「そうだぜ、せっかく都に来たんだ、美味い飯と酒!楽しまなきゃ損だぜ」
元親も一緒になって豪快に笑う。…二人とも大分酒が進んでいるようだ。
「さぁ、誰からいく?」
「…?何がだ」
小十郎が、訝しげに尋ねる。
「当然、恋のお話」
慶次はニッコリと微笑んだ。
(…ふう)
佐助は心の中で息をつく。――いいなぁ、俺様も飲みたい。
暗い闇の中、小さい節穴から明かりが射し込んでいる。…ここは、お決まりの天井裏。
佐助は身を屈ませながら、下の部屋の様子を窺っていた。細かくは見えずとも、話す声ははっきりと拾うことができる。
――下では、幸村たちが宴会をしている最中だ。
(…それにしても、さすが)
男前揃いだけあって、若いのになかなか艶っぽい話を聞かせてくれるねぇ。
集中して、下で広げられる会話に耳を傾ける――
―――………
「――いやぁ、やっぱり二人とも、さっすが。予想以上の色男っぷりだねぇ」
「アンタほどじゃあないけどな」
「そうだぜ、お前に比べたらささやかなもんだ」
慶次の賛辞に、政宗と元親は苦笑する。
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