宴3

「俺のところもそうだぜ。…小十郎にも任せたかったんだが、ついて来ると言って聞かねぇ」
「当然にございましょう」
「――お館様たちも、おいでになられるのだろうか…」
「そういえば、真田はこの文で来たんじゃなかったのか?」

小十郎が意外そうな顔で聞いた。
元親が、「家出か?」とからかう。

「違いまする…っ」
「そう、それも。これから説明するからさー」

すぐ真に受ける幸村をなだめ、慶次は三人に話し始める。
そうしながら、大会まであの宿を贔屓にしてもらおうとも考えていた。














――何だって?
耳を疑った。…それじゃあ、俺様の苦労は一体――。

佐助は、京に来ていた。つい、三日ほど前からである。
幸村の元へこっそり駆けつける為、自分の影武者の育成をかなりの速さでやり遂げてきたというのに。
まさか、慶次がそんなとんでもないことをやらかしていたとは。

…もう少し待てば、難なく来られたわけ…?

いや、信玄が実際大会に出向くかどうか分からない。いつ来るのかも…。
…そう思うと、やはりこうした方が良かったのだ。

(それにしても――)
慶次だけでなく、注意しなければならない人物が次から次へと…

こちらに着いてから、得意の変装術で宿の客に紛れて幸村たちの様子を窺っていた。
佐助が本領発揮すれば、幸村さえもその気配に気付くことなどできはしない。
だが、そう心配する必要もないくらい、幸村は毎日生き生きと過ごしている。
予選会での働き、宿での手伝い、全てがためになっているようで、佐助も見ていて嬉しく思えた。
何より驚いたのは、女とも至って普通に話せていることだ。これは、なかなか修行できるものではない。これなら、将来に突然祝言の話が持ち上がっても一安心である。

そして、内心面白くはないが、幸村は慶次に心を許しているようだ。二人の仲は、あのときよりもずっと近くなっている。
さらに認めたくないのだが、どうやら慶次は割と好ましい人間であるらしい。

(…じゃないと、旦那があんなに笑ったりしないよな)

幸村の兄のようだとか言われたからだろうか?
こうして離れたところから二人のことを見ていると、何かモヤモヤした気持ちになってくる。

(――兄貴役を取られた気分…とか?)
…馬鹿馬鹿しい。旦那は俺様の主でしょうが。
佐助はすぐに気持ちを切り替え、幸村たちが予選会で戦うのをいつものように観衆になりすましながら見守る。――幸村の動きは、格段に磨かれてきているようだ。
(さっすが、旦那。惚れ惚れするねえ)

政宗、小十郎、元親たちは予選を早々に突破した模様である。

…あの、独眼竜は…どうしてもいけ好かない。
幸村の好敵手だからなのだろうか?――いつか主の命を脅かすのかも知れない者だから、か?…自分でもよく分からない。
とにかく、初めて会ったときから気に食わないのだ。あいつが自分に言う台詞全てに神経が逆撫でされてたまらない。
何故、あんな奴が幸村の好敵手なのだろうか。――お互い、魂が打ち震えるほどの。

こんな状況であるとはいえ、奴らが主の寝首をかかないとは限らない。
おまけに、同じ宿に泊まらせるとは。慶次の無用心さには、ほとほと腹が立つ。

(――でも)
佐助は幸村の表情を眺め、つい口元を弛めた。

(…楽しそうだな、旦那…)


夕方になると予選会も終わり、五人は町へ戻り始めた。

耳を澄ませてみると、自分たちの国の政務などは、早馬を使って向こうの家臣とやり取りをするつもりらしい。
年末までは一月以上ある。残された者たちにはさぞや迷惑な話だろう。

(独眼竜も、兜被ってない姿見てたら…まだまだ若造じゃん。ま、旦那よりかは上だろうけど)

といっても、佐助の外見もそう変わらないのだが、自分よりも少し年下の彼らと幸村を見ていると、やはりその差を感じてしまう。
――いや、片倉のダンナは別だった。ありゃどう見ても保護者だ…

幸村に同年代の友人が周りにいたら、あんな光景がよく見られたのだろうか。
佐助はそんなことを考えながら、幸村を見つめる。


(…あの旦那が、恋とはね…)

幸村たちについていた部下から聞いた話を思い出す。




『旦那に、好きな女が?』

佐助は、俄かには信じられなかった。部下も、こんなことを報告するのには気が引けていたのか、言いにくそうにしている。

『いや、そりゃ是非とも知っときたいわ。…で、どこの誰?』

(ここの女なら、ちょっと難しいかなぁ…。初恋なのに可哀想なことになるかも)
佐助は複雑な心境である。

『いえ、それが…。これまでそんな素振り全くなかったんですよ。【さよ】なんて名の女、周りにいないですし』
『さよ…っていうんだ』
『なので、甲斐の女ではないかと。城下町かどこかの』
『いつの間に…』

佐助は釈然としない。少なくとも自分が見てきた限り、そんな相手はいなかった。幸村が隠し通せる性格ではないこともよく分かっている。そして、都に来てからの出会いでもないとしたなら。

(俺様が越後へ行ってたときに…?)
――それしか考えられない。

…旦那も隅に置けないねぇ。
佐助は小さく笑う。

(どんな女なんだろう…)
全く想像がつかない。それほどまでに、幸村の色恋沙汰は皆無であった。

もう一度、幸村の顔に目を向けてみる。
未だ、あどけないその面差し。――少し、髪が伸びている。前髪や顔周りの部分は、少し長くなると常にきちんと切ってやっていた。
今はしてやりたくてもできない。
意外と冷える、都のこの季節。
甲斐にいた頃よりも、その肌は白くなっている。
幸村は、空を見上げていた。
その、想いを寄せる女のことでも考えているのか。
いつもの顔に大人びた表情。――それは、あのとき見た気がしたもの。
あれは、見間違いではなかったのだろうか?…とすれば。
もしかすると、あのときからもう想い人がいたのかも知れない。

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