旅立ち7


(こいつ…)


慶次は思った。
――こいつは、幸村が言うような、できた人間じゃない。
優しいとか言ってたけど、それは誰にでもではなくて。自分が大事に思っている者にはそうでも、それ以外の奴はどうでもいい。そして、大事な者を傷付ける奴にはとことん容赦しない。
きっと、そうだ。…主に仕える忍としては優秀なのかも知れないが。
もし、こいつが幸の気持ちを知ったときに、こんな顔をあいつに見せたとしたら――
慶次の頭に昨晩の幸村の涙が浮かび、頬が強ばってしまう。

その様子を、佐助は承諾の意と受け止ったらしく、

「せいぜいそうならないようにね」

と、冷笑した。
そして幸村にはまた元の表情に戻り、

「そうそう旦那。――はい、これ」
「これは…?」
「約束の、お土産」
「…!!」

幸村は、ぱあっと目を輝かせる。

「旦那たちが発ったばかりだって聞いて、つい飛び出して来ちゃった。せめてこいつ渡したくてさ。ちょっと温もっちまったかも知んないけど…」

半分は言い訳だが、幸村は感激でそんなことには全く気付かない。

「佐助、すまぬ!!…何と言って良いか分からぬほど、嬉しいぞ…!」

中身が潰れるのではないかと不安になるくらい、包みを握り締めながら言う。



(…あれ。何かいつもより、すっげぇ喜んでくれてら…)

自分がたまたま買った店は、そんなに有名な処だったのだろうか…
佐助は少々驚いたが、悪い気がするはずもなく、

「俺様も、その顔が見られて良かったよ」

と、釣られたように柔らかい笑顔を見せた。

(…ずっとそういう顔でいてくれたら良いのに。幸の前では…)
――慶次はそう思った。

「じゃ、引き留めて悪かったね。夜までに進んどかなきゃいけないってのに。旦那、くれぐれも気を付けて。…頼んだよ、前田のダンナ」

相変わらず、慶次に向ける目は笑っていない。慶次は苦笑し、

「風来坊のままで良いよ。――うん、まかせとけって」
「佐助も、息災でな。お館様を…武田を頼むぞ」

幸村が力を込めたように言うと、佐助も深く頷いた。
二人は馬に乗り、

「では…な」
「またねー」

一言佐助に声をかけると、初めはゆっくり、徐々にその速度を上げて進んで行った。
一度、幸村が後ろを振り返ったので、佐助は手を挙げて軽く振った。

――その足元の傍にひざまずく一つの影。

「…長」

佐助が長を務める真田忍隊の中でも、精鋭の者だ。
まだ若く、似た背格好から幸村の影武者候補の一人でもある。

「俺様と代われ…って言いたいとこなんだけど」

チラリと目を下にやる。

「しかし、それは…」
「――無理な話だよねぇ。今すぐ、俺様の代わりがお前にできるはずもないし…」

諦めたように佐助は天を仰ぐ。

「必ずや、長の分まで若様をお守りして参ります。…ですから…」
「お前のことは信用してるよ?――ただ、一つ頼みがあるんだよね」

佐助が空を指差すと、そこには佐助の黒い鳥の他に、何羽もの鳥が気持ち良さそうに飛んでいた。

「もしや…」
「そ、――報告。それも、逐一ね。毎日書いて、俺様に送って。…大丈夫、あいつら躾なってるから、ちゃんとお前について行くし、戻って来る。よろしく頼むね」

佐助は、有無を言わせない笑顔で言った。

(これ、長の代わりやった方がまだ楽なんじゃ…)
よぎる思いは、言いたくても言えない。

「あと、あいつ。油断するなよ、あの男はああ見えて鼻が利く奴だ」
「そうでしょうか?」

腕は確かなようだが…

「…やっぱな。――そう思わせといて、実はそうじゃない。やーらしい奴だよ」

(ほんっと、気に食わないったらありゃしない…)

「――もう、行け。連絡、待ってるからな」
「はっ」

と、部下はたちまちその姿を消し、上空の鳥たちもその影を追うように流れていった。

佐助も黒鳥を呼び、ふわっとその身体を舞い上がらせ、来た道を戻っていく。

(…なんてね)
俺様が大人しく言うこと聞くと思ったら大間違いだよ、大将。

佐助は考えていた。
さすがに最初の方は従った振りをし、いつものように仕事をこなす。――が、そうだな…。旦那たちが都に着いて少し経った頃、くらいにはなるか。
それまでに、自分の影武者を一人仕立てるなど容易なことだろう…

――さぁ、誰にこの役…やってもらうとするかな。


佐助は、楽しむかのように薄く笑みながら、大分暗くなってきた夕空を泳いでいった。







*2010.10〜下書き、2011.6〜アップ。
(当サイト公開‥2011.6.19〜)

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

この時代、きっと布団とか言わないよねとか、大武闘会はそんなルールじゃないけど他に名前を思い付かなくてとか、佐助の部下も詳しくないから名無しにしとこうとか…
言い訳だらけなんですが。

とりあえず、幸村を甲斐から出したかった。
頑張って真面目な理由って感じにしたけど、きっと真の強さとか大会とかピシーっと書けまへん…(・ω・)
お館様、ごめんなさい。それは全くもって小事になる予定です。
ただただ幸村を連れ出して、キャッキャッさせたく候。

慶次に解説させましたが、それが理想妄想の佐助です(^m^)旦那の為ならバサラ一無慈悲になっちゃうさっけさん☆

あと、慶次の傷心をどうにかしたくて仕方ない

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