旅立ち6
「確かに、かすが殿は綺麗でござる…とても」
「…うん、だね…」
「しかし!」
と、幸村はものすごく真面目な顔になり、
「佐助は、かすが殿の顔だけが好きなのではなく…あの、凛とした性格や、優しく情の深いところを好いておるのです!二人は昔からの知り合いで、お互いのことをよく分かっていて、佐助は本当にかすが殿のことを大切に思っておりまする。佐助の目が――見ていて、某にも分かるほどにござりますれば」
(…ああ――)
それを聞いた慶次は、目から鱗というか晴天の霹靂というか――とにかくその、ひたすらに真っ直ぐな言葉や瞳に殴られたような気さえした。
「ごめん、ごめん。…さすが幸の惚れた奴だ」
「い、いえ、その…」
幸村は夢中になっていた自分に気付き、恥じるようにどもる。
(本当は、お前の方がさすがだって思ったんだけど)
すごいなぁ…こいつは本当に何もかも真っ白なんだ。…嫉妬とか、分からないんだろうな、まだ。あるのは、ただ想う心ばかりで。
こういうのを、無垢って言うんだろう。
「けど、かすがちゃんは謙信に惚れてるんだよなぁ…きっと」
「うむ…」
幸村の顔が暗くなる。さすがの彼でも、かすがの気持ちは分かっていたらしい。
「あいつも幸も、片想いだねぇ」
「片想い…」
面食い、と同様その言葉も初耳だった幸村だが、説明がなくともその意味は分かる。
「――で、どうしよっか名前」
慶次が話を元に戻すと、幸村は「うぬぬぬ…」と唸りながら頭をもたげた。
――が、すぐに二人同時に空を見上げる。
「あれは…」
みるみる大きくなる黒い影。
「――佐助!?」
「えっ?」
思わず幸村は、背中の二槍を手に大きく振っていた。
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「旦那…」
鳥から降りた佐助が口を開くと、
「どーもどーも!こないだは悪かったな、殴っちまって」
横から、慶次が悪びれもなく入ってくる。
佐助はそんな彼をジロリと睨み、
「アンタねぇ…。――ま、いいや。ちょっと黙っててくんない?俺様は、旦那と話がしたいの」
と、再び幸村に向き直る。
「佐助、何ゆえここに…」
幸村は、数日振りに会えた喜びを隠すのに必死であった。
「旦那…ひどいじゃない、俺様を置いてくなんて」
拗ねたような口調に、慶次は肝を冷やす。
――お前がそんなこと言ったら、幸が戻りたくなるからやめて…!
「佐助…すまぬ…」
幸村は心から詫びるように、「俺は、もっともっと強くなりたいのだ。必ず真なる強さを手に入れ、勝ちを得て戻る。だから…」
そこから先が、続かない。
――佐助は、呆れていやしないだろうか?決意と言うにはあまりにも単純な理由で。
…本当は、いつものように一緒にいたい。強くなる目的とはいえ、初めてのこのような旅。ともに行けたらどんなに良かったか。
だが、自分で決めたことだ。どうせなら、頼らず自らの力で戦い学んでこようと。そうでなければ、きっと佐助に肩を並べることなんてできやしない。
自分には、佐助が持っているような何かが足りていないというのは…もうずっと自覚してきたことだ。
(それは、己で見付けなくてはならないものなのだろう…恐らくは)
「決心は固いみたいだね。…しょうがないなぁ」
言葉少なしと言えど、その心は伝わったらしい。佐助は溜め息をついたが、
「俺様を永久解雇なんてことにしないでよ?」
つまり、必ず無事に戻れと言っている。
「…当たり前だ。特別給金を、ポンと出せる主になって戻ってくるぞ」
幸村にしては珍しい冗談めかした言い方に、佐助もニヤリとした。
「そりゃ楽しみだわー。心待ちにしてるよ」
その顔を見て、幸村はやはり会えて良かったな、と思った。何やら力を与えられたかのようにも感じる。
頼るのをやめるつもりだったことに矛盾してしまうが、これが最後だと思えば。
「…お別れの挨拶は済んだかな?」
慶次が、常に笑みを含んでいるようないつもの顔で、二人を見比べた。
「申し訳ござらぬ!お待たせ致した」
幸村は慌てて謝るが、佐助は打って変わって冷たい目を慶次に向ける。
「…よくもウチの旦那をたぶらかしてくれたよね、風来坊」
言い方は静かだが、内では激しい敵意をみなぎらせているのが分かる。
が、そんなことで動じる慶次ではない。
「んな、人聞きの悪い!そんなつもりないってば、ア・ニ・キ」
「はぁ?」
ニコニコとそう言う慶次に、佐助はさらに眉を寄せる。
「だって、アンタこいつの兄貴みたいじゃん。従者ってよりさ。――まぁ、ここは俺にまかせといてよ。な?幸」
「…佐助、(こう見えて)慶次殿は信頼できる立派な方だ。安心してくれ」
慶次の顔が、ぱっと紅潮した。
「…ふーん。随分と仲良くなったみたいじゃない」
反して、佐助はすっかり面白くなさそうだ。
「そうだよ〜、宿でもご兄弟みたいですねーとか言われたんだぜ?…だから心配しないでよ、お兄さん」
「……」
佐助は無言のまま、はあっと息をつき、幸村に背を向けた。
そして、慶次のすぐ鼻先に顔を近付け、
「旦那に何かしたら…何かあったら――」
――――『 殺す… 』
…底冷えするほどの、その眼。
幸村に向けるものとは、天と地ほどの差である。
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