旅立ち4

「佐助、今回お前がいてはあれの成長にならん。…甘えが出てしまう」

(えぇー…どこまで旦那を子供扱いするつもりなの、大将…)

「そんなことないですってば。旦那はもうそんな歳じゃ…」
「そういうことではない。儂もそれくらいは分かっておるわ。…儂が言いたいのは、ここのことよ」

信玄は、自身の胸に拳を当て、「あやつは、お主の力に全幅の信頼を寄せておるが――いや、それは良いことなのだが。…それよりもさらに、心の方がお主に頼っておるように思える」
「…そう、ですか?」

佐助は首を傾げる。

「お主もな、自覚はなかったのだろうが。鍛練ではともかく、ここの部分ではあやつを随分と甘やかしておった。そのツケがこれよ」

(お、俺様のせい!?)

甘やかしたつもりなんて…
そりゃあ旦那が小さい頃は、ちょっとはしたかも知れないけど。…だって、俺様もガキの扱いなんて分かんなかったし。
鍛練が辛くならないように、旦那が喜ぶことやってみたり…とか、あれ駄目だったの?
――いやいや、あれで一層頑張ってくれたんだから、間違いではないでしょ。

でも、もうずっと昔の話だ。
小さかった旦那は、今や立派になった。心だって、もはや俺様に頼ることなどあるはずもなく。
大将は、やっぱり旦那のことをまだまだ子供だと思ってる…

「…不満そうじゃな」
「そりゃあ…」

不敵に笑う信玄に、佐助はますますしかめっ面になる。

「儂はの、あやつにはお主も儂も超えて欲しいのよ」
「…旦那はもう、俺なんか敵わないほど――ですよ」

佐助が参った、というように両手を広げて肩をすくめる。


信玄の言う意図は分かっている。それも、力ではなく心のことだというのだろう。
しかし、それは仕方がないというもの。
自分は幸村よりも早くこの世に生まれて、忍という立場から多くのことを見知ってきたのだ。――汚いことも全て。


(…旦那はあれでいい。そんなことは知らなくていい)

そのままの心で、俺様をもう既に超えている。
あの熱い炎は、この冷えた闇に居場所をくれる。光があるところには必ず影ができるように。
旦那ができないことを俺様がやる。…旦那はできないままでいいんだ。それが弱さだと言うのであっても。


「俺が傍にいたら、いつまで経っても一人立ちできないってことですかね」
「…うむ」
「とか言いながら、一人こっそり付けたでしょう?」

信玄は佐助の言葉に目をそらす。

…やっぱり。

「幸村に見つからなければ良い、などは許さぬぞ…佐助」
「誰もそんなつもりじゃないですって」

佐助は、ひらひらと手を扇ぐ。

「それに、お主には幸村の分も働いてもらわねば」
「給金、倍にして下さい…」

ふははは、と信玄は笑うと、

「あやつの凱旋を心待ちにしておれ!必ず褒賞を勝ち取ると誓っておったからの」
「審査した者も大会に出られるなんて、適当ですねー」


(…あーあ。傷心して戻ってみれば、こんな…)
せっかく旦那に手合わせ願おうと思っていたのに…前田の風来坊め。
旦那も旦那だよー、俺様の帰りくらいちょっと待っててくれても良いのにさ…


「いつ発ったんです?」

今頃どこにいるんだろ…本当に大丈夫なのかな。

「うん?つい先ほどのことよ。昼過ぎくらいであったかのぅ」

(言うの遅いよ、大将!わざとか!?)
…でも、じゃあまだそう遠くへは――

そう思うと佐助はいてもたってもいられなくなり、

「…すぐ戻りますから!」

と、部屋を飛び出した。

「向こうは馬であるぞ、佐助!」

――佐助の姿は既に消えていた。













「なぁ、ゆっきー?」
「……」
「じゃあ――…幸ちゃん」
「……」
「…幸?――おーい、返事してくれよ」

馬の手綱を引きながら、慶次がいつもの調子の良い口調で話しかけてくる。
周りは田畑ばかりが広がるのどかな風景、天には秋雲の流れる青い空。――爽やかにそよぐ風を浴びながら、慶次はこの上なくご機嫌だ。

「何でござるか…その、妙な呼び方…。某の」

対して、幸村は少しむっとした顔を向ける。

「だって、せっかく仲良くなったんだからさ、もっと親しみを込めた名で呼びたいわけ。ダメ?お前も俺のことそういうので呼んでくれよ」

(親しみ…そういうものなのか)
幸村は、うーむ…と唸り、

「…慶……殿。――他に考えつかぬ…」

と、いかにも悔しそうにする。
慶次は軽く笑い、

「ま、良いか。慶次殿ー、の方が幸村らしいや」

そう言われ、幸村もホッとした表情になった。

「じゃあ、幸って呼んで良い?」
「はぁ、構いませぬが。…ちゃん付けはやめて下されよ?」
「ダメかぁー…」

つい残念そうに言うと、幸村にジロッと睨まれる。

「冗談、冗談」

笑ってごまかす慶次を、釘を刺すように見ていた幸村だが…

(…もう、こんなところまで来ていたのか)

大分傾いた太陽の光が目に入り、来た道をチラリと振り返った。――城下町の姿が見えなくなってから、かなり経つ。

「…寂しい?」

からかう風ではなく、慶次が尋ねた。

「そんなことは…っ――いや…」

全て見透かされているような優しげな顔を見てしまえば、隠そうとしている自分がいかにも子供である気がして、幸村は否定するのをやめた。

「…少し。…情けないことにござるが」
「俺もそうだったよ?自分から出てったくせに、勝手な話だろ。それに比べりゃ、どうってことない」

慶次は、からりと笑い、「…あの、忍の兄さんに会わないまま出て来ちゃったしなぁ」

それを聞いた幸村は、少し伏目がちになった。心なしか、その頬は赤い。



(――か、可愛いなぁ…)



幸村がこういう顔をすると、そのパッチリした目や、卵形の顔の輪郭のせいなのか、どうしてもまだ幼く見えてしょうがない。

慶次はつい、小さな子供を見ていて湧くような、ほわっとした気持ちになってしまう。

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