旅立ち3

信玄は、心の中で溜め息をついていた。

(幸村の奴め、いよいよ生真面目で従順な男よ…)

それは喜ばしいことではあるが、親は子に自分をも超える成長を願うもの。
幸村の自分への思いは重々分かってはいるのだが、視野の狭さは成長を滞らせる…気がしてならない。
幸村は充分強い。
しかし、もっと知り、さらに強くなって欲しいのだ。…力のことだけではなく。
いつか自分がいなくなっても、その心に確固たるものを手に入れてさえいれば、道を迷うこともないだろう。
それを得られなければ、誰も真なる強者になれはしない。

(それに、この前田という男…)

噂で聞くような、ただの風来坊ではないようだ。
その胸には既に揺るぎないものを宿しているのが分かる。
風のように飄々としているものの、人を想う気持ちは幸村に負けず劣らず熱いのではないかと感じた。
そうは見せないだけで、奥にその熱を秘めているようにも。

(やれ、まだ言うてやらねば無理か――)
瞼を伏せたままの幸村を、信玄は苦笑いする。

「幸村、行って参れ」
「「え!?」」

幸村と慶次が、信玄の顔を同時に見た。

「お、お館様…?」

幸村は、その真意を量りかねて戸惑っている。自分は不要と言われたようにも思ったのか、不安そうな顔色になっていた。

「確かにお主が不在であるのは、どう考えても良くはない。それほどにお主の力は大きいのだからな」
「お館様…!」

幸村は、感激に打ち震えている。

「だがのう、儂は常々思っておった。お主にはもっと外のことも、実際に見聞きして知ってもらいたい、とな。今まで、ろくにそうしてやれなんだことは許せ」
「そのようなことは…!」

師が自分に詫びるという、初めてのことに幸村は狼狽えるが。
間髪入れずに、信玄は堂々たる姿で立ち上がり、

「行けい、幸村!そして、真なる強さを掴んで来るのだ!」

と大声で叫ぶと、その鉄拳で幸村の顔を思いきり殴った。

「ぐはぁ!!」

幸村はそのまま襖を突き破り、外の庭に転がっていく。
が、すぐに膝をついて信玄に向き直った。
その目は感涙で潤んでおり、眩しいほどの輝きを放っている。

「お館様ぁぁぁぁ!!」

幸村が雄叫びを上げると、

「幸村!!」

信玄もそれに応える。
そして――

「お館さむぁぁぁー!!」
「ゆきむるぁぁぁ!!」
「ぅおやかたさぶぁぁー!!」
「ぃゆきむるぁぁぁー!!」

…その繰り返し。

いつまで続けるつもりなのか。
その掛け合いを、慶次はポカンと眺めていたが…

(えーと…これは、多分…)

お許しを頂けた、ってことで…
――いいんだよな!?

「やった…!!」

慶次が、ほくほくした顔になると、「キキッ」と、肩の夢吉も嬉しそうに鳴いた。

「夢吉も嬉しいかい?旅の仲間が増えてさ!」

しかし、一番喜んでいるのはきっと自分だろう。
久し振りに心から楽しめそうな、そんな予感が止められない。
さて、まず目的地までの道中ではどんなところに立ち寄ろうかと早速考え出す。


庭では、未だに熱い師弟の叫び合いが続けられていた。














数日振りに武田に戻った佐助は、いやに屋敷内が静かなことが気になっていた。

(旦那、来てないんだ…)
また、どこぞの山にでも一人行っているのだろうか。

とりあえず、信玄に任務の報告をしに行く。

「うむ。ご苦労であったな、佐助」
「はっ」

佐助は頭を垂れるが、それ以上何も言わず黙っている信玄に、柄にもなく少々不安になってきた。

「…実はの、幸村が」
「!!旦那に何かあったんですか!?」

佐助は、もしやと思っていたことを口にする。

(俺様がいなかったときに、そんな…!)

信玄はフッと笑うと、

「そうではない」

と、佐助が不在中に起こったことを話す。慶次の来訪や、大武闘会について。

(俺様の留守中に、そんなことが…)

一通り聞き終えた佐助は、はーっと深く息をつく。――信玄の顔が、ぴくりと強ばった。
どうやら、予想はついていたらしい。

「…何を考えてんですか。そんな、どこの者かも分からないような輩を招き入れて、しかも旦那と二人にさせたなんて」
「だから、あやつは前田とも他軍とも関係ないと」

信玄は、いかつい顔をほんの少しだけ気まずそうに歪めた。

「そんなもん、本当かどうか…そいつ自身が何か企んでるかも知れないってのに。どうして、忍の一人くらい付けてくれなかったんです」

佐助は、恨みがましそうに信玄を見る。

「儂があの者を実際に見て、そう判断したのだ。佐助よ、お主もあれと戦ったのだろう?」
「ええ、まぁ」
「お主はあの者をどう見たのだ」

(どう、って…)
甲斐に来た目的も気まぐれで、腕試しのように自分たちに挑んできた、妙な奴?
戦いの最中からずーっと恋の話ばかりするくせに、えらく強くて…
終わった後もペラペラ話して、フラッと去っていった。

「まぁ、あのときは…そう危険な奴ではない、とは思いましたけど」

今も果たしてそうなのかどうか。

「佐助、儂の目を信じよ。あの男に裏はない。それに、幸村のことを大層気に入っておったわ。あれなら心配はなかろう。むしろ、今回のことは幸村の為を思うてだな…」

と、信玄は常から持っていた、幸村に対する思いを打ち明けた。

(そりゃ、俺様だって…。旦那にはそうなって欲しいとは思ってるけど)

…まぁ、確かに鍛練ばっかで。
楽しいことといえば――団子くらいだっけ。
佐助は懐に入っている土産にそっと触れた。

(友達…かぁ)

「大武闘会、ですっけ。開催は、やっぱり中央の方で?」
「うむ、都より少し外れにある山中でな。今回は、大々的にやるのだそうだ」
「じゃ、当然俺も旦那について…」

そう言いかけると、

「ならん!」

信玄の怒号が響き、佐助は呆気にとられた。
怒鳴り声はいつものことだが、その否定の言葉は理解できない。

自分は幸村に仕える忍で、主のすぐ傍にいるべき者なのに。

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