旅立ち2
今やそんなものは珍しくもない。
主従関係を強める為にそういう絆を結ぶことは、実際ある話だし。
生死を分ける戦の場において心を通わせられた相手なら、性別に関係なく惚れ抜いてしまうものなのではないだろうか?
戦の帰りを待つ女たちよりも長い時間を共に過ごしているのだから、精神的な繋がりはそれよりも強いと言えることもあるだろう。
そこに想いがあればいい、と慶次は思う。
むしろ、わざわざ困難な道を選びながらも一心に想う姿は、自分たちとどこも違わない。もしかすると普通よりもその愛は大きいのかも、と感じることさえある。
あの忍には受け止めてもらえないのだろうが、幸村の気持ちはどうにかしてやりたい。
恋の良さってのを知ってもらいたいし、心から笑えるようにしてあげたい。――だが、それができるのは、この世でたった一人しかいないのだ。
どうしたら、自分にもそれに近いことをしてやれるのか。
せいぜい、あいつがまだまだ知らない面白い話でもして楽しませることくらいしか思い付かない。
逆に、自分の方がそんな姿を見て嬉しさをもらってばかりいそうだ。
だが、少し勿体無いという気もする。幸村ほどの容姿であれば、女たちから引く手数多だろうに。それだけでなく、あの実直な性格は好まれるであろうし。
可愛い娘でも、綺麗な娘でも…彼には、どんな女も似合いな気がする。
…だけど、今はあの気持ちを他に向けるのなんて難しいかな。
いや、分かんないぞ…。今まで、女と親しくしたことがなかっただけなんだから。同年代の友達との、馬鹿な付き合いもしてないんだし。
そういうもんの中で、することもあるだろ?恋ってのは。
あいつに見染められた女は、きっと幸せになれるだろうな…
そう考え出すと、慶次は幸村を自分の馴染みの土地へ連れて行きたい思いに駆られてきた。
それに、あいつにもっと色んなもん見せてやりたい。きっと、見たことないものが沢山あるはずた。
甲斐の虎も言ってたじゃないか、あいつは鍛練ばかりで…って。あのオッサンを説得できれば、可能かも。
でも幸村は、『お館様の元を離れることなどできませぬ!』とか、絶対言うだろうし。出ている間に国攻めがあったらヤバい。
でもなぁ…可愛い子には旅させよって言うじゃないか。
(…それに)
慶次が殴り込みに行った相手――豊臣秀吉は、強大な力の持ち主だが、今頃は軍の立て直しに忙しいだろう。何しろボコボコにされた上に、資金も奪われて。
その前に、あの魔王・織田信長と明智光秀の戦いにも乱入してみたり、有名な独眼竜の領地でも大暴れして来た慶次。
…恐らく、数年ほどは大きな合戦にはならないのではないだろうか。
年の暮れまでの間なら…と考えたときに、ふっとあることを思い付いた。
(――これなら、あいつを連れ出せる理由になるかも)
「大…武闘会?」
「そう!」
腕を組んで考えに耽るような信玄と、驚きに目を丸くした幸村の前で、慶次は大きく頷く。
あれから朝一で武田の屋敷に戻り、慶次はある提案を持ちかけていた。
ここしばらくは平穏であろうことは二人とも予測してはいたが、まさか謎の強軍が慶次だったとは思ってもみなかったらしい。
そして、慶次が大義名分に使ったのが、この『大武闘会』への参加、であった。
全国から強者が集まり、純粋にその強さだけを競い合う。このときばかりは、敵味方もない。
しかも、優勝者には褒賞金という嬉しい戦利品まで付いてくる。
昔から開催されてはいたのだが、最近は乱世にあってか小規模への一途を辿っていた。
しかし、今回はまるきり違う。
何故なら、大会を派手にするように、慶次が大金をバラまいてきたので。(もちろん、例の金である)――年末年始にかけて、祭りの如く開かれる予定だ。
(こういうの、幸村もオッサンも好きそうじゃないか?)
「…うむ、懐かしいのう。儂も昔、出たことがあったわ」
「そうなのでございますか、お館様!」
幸村が、目を輝かせて信玄を見る。
慶次はここぞとばかりに、
「やっぱり!こんな、自分以外の強い相手に大勢会えるなんて貴重な機会ですもんね!それも経ての、その強さなんでしょうね!」
「…お主の話は分かったが、何故今から幸村を開催地へ連れ行こうと言うのだ?」
信玄が、慶次を見据える。…その目は、理由はもう分かっている、と言っているように思えた。
彼は、こんな日を待っていたのではないか?幸村に…やはり、可愛い子には旅をさせたかったのではないだろうか。
しかし、何の理由もなしに国を後にさせることはできず、そうこうする内に、機会が巡って来なかったのでは。
(これはやっぱり、今しかない!)
「実は俺、開催側に協力してまして。大会までに、予選会ってのがあるんですが、強い者を選ぶには、審査する方もそれ以上に強くないとできない話でしょう?そこで…」
「その審査を幸村に?」
幸村が驚いた顔を向ける。
(…我ながら、無茶な提案してるとは思うけど)
「何しろ大勢来ますから!彼が協力してくれれば、百人力というか。毎日のようにあるんで、鍛練代わりにもなるんじゃないかと。予選といえどもなかなかの者ばかりですし、稽古とはまた違って…損な体験じゃないと思うんですが」
それを聞いた幸村はかなり興味引かれたようだが、その気持ちを抑えようと必死になっているのが手に取るように分かった。
(無理しちゃって)
慶次は、吹き出しそうになるのを堪える。
「幸村、お主はどうしたい?」
「!そ、某は…!」
突然の振りに、幸村はしどろもどろ、「…この幸村は、武田に仕える家臣。お館様のご上洛も前に、某がそのような…甲斐を離れることなど」
(あー…やっぱり)
予想通りの答えに、慶次はガクッと項垂れる。
そんな慶次を見た幸村もまた、気落ちした表情になった。
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