友5

「某は、強くなりたい――その人を死なせぬ為。こんなことを言えば、きっと叱られるのだろうが。…もちろん自分の為、武田の為、というのは大前提でござるよ。だが、そこにもう一つ大きな理由ができたというか…。否定されても、その理由は決して捨てられませぬ」

幸村は、確固たる決意を示すかのように拳を握り締めた。

「…その人には、必ず幸せになって欲しい。某の元からいなくなるのかと思うと、その…辛いが。…向こうが辛いのは、もっと嫌なのです」

眉間に薄い皺を寄せ、心から切ない表情をする。
本人は自覚もしていないだろうが、それはきっと、どんな人間でも目を奪われずにはいられないほどの。



(――すごい)



本当に初恋もまだ、だったのか?
初めての恋…かも知れないような、よく分からない気持ち――にしては、すんごく熟成されてない?
それに、そんな風に想える相手にだって、なかなか会えるもんじゃないし。
いや、初めてだからこそなのか?

――俺は…とにかく自分の気持ちで手一杯だったな…。あいつの言う『幸せ』に全然納得できなくて、俺の方が絶対幸せにしてやれるって――

…幸村の想い方は、あいつのものと似てる。
あのときの俺には、相手をそのように想う気持ちは理解できなかった。


「幸村は…すごいな」

素直にそう褒めるが、幸村には全く通じていないので、彼の想いがどれだけすごいものか説明してやった。

「慶次殿にそのように言って頂けるとは…思ってもおりませんでした」

幸村は少し恐縮しつつ、また意外そうにする。

「うん、めちゃくちゃ羨ましいよ、そんな相手に出逢えたなんて。それに、そこまで想ってもらえる相手も、すっげぇ幸せ者」

後の言葉を聞き幸村の顔が一瞬曇るが、すぐ元に戻る。
しかし、それを見逃すような慶次ではない。

(そういえば、さっき…)

自分の前からいなくなっても相手には幸せになって欲しい、って。
それと何か関係してんのか…?


「慶次殿…」

幸村は思い詰めた表情で、「これは…『恋』というものなのでしょうか?」

何を今更、と慶次は肩から力が抜ける気がしたが、目の前の人物が、この手に関しては普通とは違うのであったことをすぐに思い出した。

「うん、間違いないと思うよ?」
「そう――でござるか…」

幸村は、いよいよシュンとなる。

「えっ、何で?どうして落ち込むんだい?」

慶次はすっかり当惑していた。
それはもはや恋というより、もっと上のものであるとも思えるのに。

「――許される相手ではないので。だから、この気持ちは違うのだと…」

…そう思いたかった、と幸村は呟くように続けた。

(そう…だったのか…)

慶次は杯を空にして、指を一本立てた。

「じゃさ…念の為、確認してみる?」

とん、と自分の胸に手を置いて、

「幸村は、その人の姿を見かけたり、会って話したり、考えたりするだけでも…ここがどきどきするのかい?」

(――基本中の基本だろ?これは)

幸村も、着流しの合わせ目の部分をギュッと掴んで、

「分かりませぬ…。そのようになるのが、相手に不埒な働きをしている気がして…」
「不埒って、そんな馬鹿な」

慶次は、呆れたような、驚いたような顔をした。

「不埒なのです…。某は、間違っている」
「幸村…」

これ以上ないほどの苦しそうな顔に、慶次の心はまたも締め付けられる。

「向こうは某がこんな…許されない気持ちを抱いているとは思ってもいないでしょう。いつもの、強く優しい…某が焦がれる姿で接されると…決して、そうなってはならない、と」

今やその手は、着流しの上から胸を強く押さえる形になっている。
…痛そうだから、止めて欲しい。

(さっきから幸村が苦しそうにすると、こっちまで移ってくるんだけど)

「その人には、とても大事な人がいると最近分かり――本当に、幸せそうな顔をするのです。某は嬉しかった。幸せを願っていましたから」

「幸村」

慶次は、ぽんぽんと幸村の頭を軽く撫でた。その目は、小さな子供を慈しむかのようだ。

「無理すんな。お前、それ我慢し過ぎ。つーより、キメ過ぎ。…初めてならなぁ、格好悪くても自分の気持ちにもっと従うべき!」

少し怒ったように言った慶次に、幸村は目を見開く。

「俺、言っただろ。お前のその気持ちはすごいんだ、って。可哀想に、このまま無理やり消されちまうのか?そんな健気な、綺麗なものがさ。勿体無いなんてもんじゃない」

しかし、幸村はぶんぶんと首を横に振る。

「綺麗など、ござらん…」
「こら、まだ言うか。…もう、苦しむなよ。それに俺、お前の想い人が誰なのか、もう分かってるからさ」
「!」

幸村は、硬直する。

慶次の顔をまともに見ることができない。
頭がガンガン痛み出し、酒の酔いが増していく感じがした。

「…軽蔑す」
「るわけないだろ。――ずっと一人で悩んで、苦しんで。…辛かったなぁ」

よしよしと、慶次は再び幸村の頭を優しく撫でる。

「……!」

顔を上げて見てみると、そこには頭に置かれた手のもの以上に優しい、温かい表情があった。
途端、幸村は顔に熱が集まっていくのを感じた。どう足掻いても、目に涙が溜まるのを止められない。

(こんな――親しくなったばかりの人の前で、泣いてしまうなど…っ)

だが、一度湧いてしまったものを引っ込めるのは、そう容易なことではない。

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