友4
綺麗さっぱり食べ上げた頃、宿の亭主が食器を片付けに部屋を訪れた。酒は置いていってくれるそうで、慶次は大いに喜んだ。
「こうして見ていると、お二人はご兄弟のようにも見えますねぇ」
人の良さそうな顔をした亭主が、笑顔で言う。
「えっ、どの辺?俺たち、似てる?」
慶次は、信玄に言われたことをふと思い出した。――自分と幸村が似ている、という。
「某と慶次殿が…?」
幸村は、ただただ面食らっていた。
「うーん…何て言うんですかねぇ。雰囲気、ですかね。似ているというより、お二人がそうしているのを見たり、話しているのを聞いていると…何だか兄弟の掛け合いのようだなぁ、と」
「――だって」
「某は、弟ですか…?」
何故かヘラヘラする慶次を、幸村は不本意そうに見返す。
「仲がおよろしい、ということですよ」
亭主は、ニッコリとそう言い残して去って行った。
部屋の隅には、畳まれた寝具が用意されている。
「慶次殿、ここに敷いておきましょうか?それとも隣の部屋を使われまするか?」
早くも就寝しようとしている幸村に、慶次は慌てて、
「ちょ、ちょっと!まだ寝るには早いだろっ?せっかくのこんな機会なんだからさ…!もう少し、一緒に飲もうよ」
「し、しかし」
たちまち慶次の目が悲哀を帯び始め、幸村はハッとなる。
「せっかく友達に(以下略)」
「け、慶次殿(同上)」
――今回は、耳を塞ぐの成功。
そして、もちろん引き留めるのにも。
生真面目にも幸村は、少しずつではあるが酒も飲みながら、慶次の饒舌に付き合った。
そのほとんどが、慶次の恋愛の話であったが…
ふむふむ、ほうほう、と静かに相槌まで打つ。
「……」
「慶次殿?」
突如話が止んだので、当然幸村は不思議がる。
「幸村さぁ…」
「はい?」
何か…変わった――よな?
…初めて会ったときは、こんな話をしても恥ずかしがるばかりで、聞くだけでもいっぱいいっぱいって感じだったのに。
なーんか、今回は会ったときからずっと違和感があったんだよ。
顔つきが、前と違うっつーか…
俺の経験からすると、これって…もしかして。
「……恋、してんじゃない?」
「――!?」
幸村は、口にしていた杯を思いきり傾けてしまい、中の酒は一気に喉へ流れ込んでいった。
「!…ごほ!…ッ!!」
声にならないほど何度もむせ、涙目になっている。
「ご、ごめん…飲むの待つべきだったな」
慶次が幸村の背をさする。
「い、いえ…」
と、幸村は注いであった水を飲み呼吸を整えるが、その後は沈黙したままだった。
(否定しないってことは…図星か?)
でも、幸村の性格からして他人にペラペラ話すことはできないだろうし、これ以上つつくのは可哀想かな…。
他人の恋を成就させた数も多い自分なら、力になれるかも…とか思ってしまうけど。
「…そう、なのでしょうか。…よく分からぬ…」
幸村が、酒のせいか少し朱に染めた顔で、ポツリと呟く。その声は今にも消え入りそうだ。
(おお!本当に!?)
すっごい聞きたいけど、急かしたら絶対しゃべってくれないだろうな。
ここは、慎重に…
慶次は高ぶる気持ちを必死に隠しながら、至極真面目な顔を作る。
「そっか…。違うかも知れないけど、良かったら話してみてよ?口にすることで、分かるものもあったりするし…」
「……」
幸村は少し思案していたが、
「…慶次殿は、驚かれる…と、思いまする。…嫌悪させてしまう、やも。友を、やめたい…とも」
そう言いながらひどく辛そうな顔になり、下を向いてしまった。
慶次はその姿を見て、心臓が締め付けられるような痛みを感じた。
高揚していた心も急降下し、何やら罪悪感までしてくる。
――こんなことは初めてだ。
(…こういうのが、弟を想う兄の気持ち、なのかな…?)
「それは絶対にない!と、誓う。…男と男の約束だ、信用しなよ。俺が、お前と友達になりたかったんだからさ」
まるで女を口説くときのような自分の声に内心焦ったが、幸村の悲しい表情をどうにかして消すことの方が重要に思えた。…恥など気にしていられない。
「慶次殿…」
幸村は顔を上げて、「ありがとうございまする…」と微笑んだ。
「あ、幸村…その前に確認しときたいんだけど」
「何でございましょう?」
慶次は天井を指差し、小声で、「…本当に、誰もいないんだよな?」
「はい。某も、誓ってそう言えまする」
(良いのかよ…)
慶次は、一度見れば忘れられない信玄の顔を思い出す。
(でも、ま…期待通り、信頼度上げてやろうじゃねぇか)
今の展開を思うと、信玄の寛容さにただ感謝するのみである。
「…どう、話していいのか…」
幸村が額に手を当てて、うーむ…と唸る。
「ゆっくりでいいからさ」
話しやすいようにいつもの調子で構えると、はい、と一つ頷き幸村は口を開く。
「…その人と一緒にいると、某は一番自分らしくいられる気がする…のでござる。その人は某のことを一番良く分かってくれていて、強くて厳しいが…優しい。某もそうありたいと思うものを、沢山持っている…」
うんうん、と慶次は頷く。
つまりは、憧れるべき人物で。
「…嬉しいことがあると、必ずその人に報告したくなりまする。会えずにいると、何かこう…つまらないでござる」
うん。それは、寂しいってことだよな。
「だから、また会えるとすごく力が沸きまする。鍛練への集中力も上がり、もっと強くなりたいと…。いや、会えない日は怠っているわけではないのですが」
何か、幸村らしいな。
これぞ、恋うことは人を強くする、そのものだ。
やっぱり俺の信条は正しい。
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