友3

「――そっか、仕事中なのかぁ」
「すみませぬ…」

何故か、幸村の方が心から落ち込んでいるようだ。
(本当に仲が良いんだな…)

「いやぁ、その分酒飲めるしな!そろそろ出ようか。俺もう、腹ペコ」
「はい!宿の料理は格別なので、期待していて下され」

幸村は湯殿から上がり、桶で頭からその湯をかぶる。
長い髪が、背中に張り付いた。

(そういや、こいつも髪長いよな)
最初は短髪だと思ってたから、後ろ姿見て意外で。

「幸村は、髪切んないの?俺のは、わざと長くしてんだけど」

何か、こいつの性格からして、こんな長いの我慢できなさそうなのにな…。

「――あ、これは…。某は切りたかったのですが、周りに許してもらえず…。今ではもう慣れましたが」
「ふーん…?」

何だろ。昔聞いた物語に出てくるような、髪を切るのが勿体無いくらいの可愛い子の元服は、何年か先に延ばしてしまえ――みたいな?そんな感じかな。
しかし、髪を濡らしても根元でまとめたままなので、前から見れば短いのと何も変わらない。

(…意味、あんのかな)

「ほどかねーの?」

慶次は、自身の豊かな髪を丁寧に洗ってからまとめ上げる。

「今日は良いのでござる。一旦ほどくと面倒で」

幸村は、束ねた髪の水気を取りながら苦笑した。
確かに、と慶次も同意する。

「夢吉ー!」

慶次がそう呼ぶと、脱衣場の方から小さな猿が、「キキッ」と鳴きながらやってくる。
桶に湯を張り、その中にそっと浸けてやった。

「気持ち良さそうでござるなー、夢吉殿!」

夢吉は、慶次の小さな相棒だ。
旅路で会う人々に大人気の彼だが、幸村にもまた例外ではないらしい。

「俺らの準備ができるまでゆっくりしてなよ、夢吉」

慶次は身体を拭いて、手早く着流しを身に着けた。
浴場では、まだ幸村が夢吉と戯れている。

「おーい、早く拭かないと、風邪引くぞー」
「あ、はい!」

幸村が慌てて出てくる。
わしゃわしゃと髪を拭く後ろ姿を、慶次は無言で見ていたが…


「うわ!?け、慶次殿!」


――何の前触れもなしに、幸村の腰を両手で掴んでいた。

「…ほっそぉ!!」

いつもの服からは分からなかったけど、何っだ、この細さは!

「や、やめ…ふっ、はは…!」

幸村は込み上げてくる笑いに我慢できず、その手から逃れて、はーっと息をつく。

(腹が弱いなんて、ホントまだまだ子供じゃん…)

「ちゃんと食ってんのかぁ?」

からかうように指摘すると、

「た、食べておりまする!特別細くなど…ほら、ちゃんと鍛えておりましょう」

幸村もパッと着流しを着、上の方だけをはだけさせて上半身を見せつけた。

「そうだよなぁ。立派立派」

慶次はニコニコしながら幸村の着衣をきちんと直し、手拭いを取って髪を拭いてやる。

「な、自分でやりまする…!」

手拭いで視界を覆われた幸村だったが、それでも手を頭の上に伸ばし、抵抗しようとした。

「まぁまぁ、まかせなって。それに、あんな拭き方髪に良くないよー」
「…うぅ…」

(完全に子供扱いされている――)
幸村は、落ち着かない気分で慶次の髪を拭く手に従っていたが…

(…自分でやるより心地好いのは確かだな)
この感覚は、ずっと昔にも触れた記憶がある。…幼い頃の自分は、よく佐助にこうしてもらっていたのだった。

長い後ろの束も丁寧に拭いてもらい、心なしかいつもより柔らかく滑らかな感触がする気がした。

「あ、ありがとうございまする…」
「うん、男前になったよ」

慶次はニコッと笑う。
幸村は、いつもと違う慶次の姿を改めて見た。

(自分だって、思ったより細いじゃないか…)

というより、普段は衣装を重ね着している上にその長身なので、見た目通りの体躯だと思い込んでいたようだ。
しかし、その腕や肩などは幸村には到底及ばないほど鍛え抜かれていたので、結局口にしなかった。

「夢吉も、おいで」

小さな相棒を優しく拭いて肩に乗せ、

「行こ!美味い酒と飯が待ってる」

と、待ちきれない様子で言う。

(自分よりも年上なのに、子供みたいな顔をするんだな)

幸村は思ったが、こちらも空腹が悲鳴を上げている。
素直に頷いて、湯殿を後にした。













「いっやー、実に美味かった!満足、満足!」

腹をポンッと叩きながら、慶次は手にした杯の酒を一気に煽り、「酒も美味いし!」

くーっと喉を鳴らす。

「それは良かった!某も、一安心でござる」

幸村も機嫌良く、先ほど出された甘味物を食していた。酒は、慶次に遠慮しているのか、彼よりその量は少ない。

(槍を握っているときの姿からは、想像もできなかったなぁ…)

「これ、俺の分あげるよ」

と、慶次は自分の甘味の入った小皿を幸村に差し出した。

「えぇっ?こ、これ…すごく美味なんでござるよ?」
「うん、幸村これ好きなんだろ?見てておかしくなるくらい、幸せそうに食べるんだもん」

堪えきれないように、くっくっと笑いながら言う。

「う…そんなに、でござったか?…恥ずかしながら、某の甘味好きは否定できませぬ…」

でも!と、幸村は小皿を慶次に押し返し、
「一口、食べてみて下され!本当に美味いのです!」

こんなことなのに、幸村の目は真剣そのものだ。よほど甘味に対する思いが強いのだろう…。

「分かった、分かった」

慶次は苦笑しながら、一つ口にすると、

「――ホントだ…美味い!」
「そうでしょう!」

ぱあっと幸村の顔が明るくなる。
それを見て、慶次はもう一つほど食べようかと思ったのを取り消した。

「うん、充分味わった!ありがと、後は幸村が食べてよ」

今度は強く手渡すと、幸村もそれ以上抵抗しなかった。堅苦しく礼を言い、遠慮がちにしながらも嬉しそうに食べ始める。

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