永遠に6


「うっそうっそ。俺様に気を遣わないでよ」

優しく笑いかけるが、幸村は表情を変えようとしない。


「――旦那?」

「…う、その…」


幸村は一世一代の告白でもするかのように、息を大きく吸い込んだ。



「考えると、…俺も。寂し…かった。

――お、俺も…これが、良い…らしい」



きゅ、と自分の腕の力を込める。




…佐助は、頭の、外から中から雷にでも打たれたような、あるいは幸村の鉄拳をまともに食らったかのような衝撃に、危うく倒れるところであった。


――本当に、不老不死の薬でもなきゃ、心臓持たねぇ…!


限りなく純粋なくせに、ふとしたときにこちらの心を激しく揺さぶってくる。それがまた、何の計算もなしにしているところが本当に怖ろしい。

こちらにも惚れられた側の意地とか――年上の面子ってものがあるので、どうにか格好を付けるが。…果たして、いつまでそうできることやら。

旦那は、自分の方が振り回されてるって感じてるみたいだけど。
思ってもいないだろう、実際は逆なのだということを。

(…これじゃあまるで、どこぞの恋する女忍と変わんねぇ…)

はあぁ、と深い溜め息をつく。


「佐助…?」
「――ううん、何でも」



目前に迫った城下町の灯り。
主の、…自分の命である彼が、守るもの。
これが無くなったら、この心優しい人はきっと泣く。――そんなことはさせない。

貴方が大事だから。…だから、その大事なものも守る。


ともに。どこまでも、二人なら。


「…旦那」
「何だ…?」


少し誤れば、闇に溶け込む自分。…必死でもがくのは、貴方の傍にいたいから。

願わくば、ずっと――


「俺様、来世も――そのまた来世も、その次の世でも……旦那に会いたい」
「――ああ…俺もそう思う」

だが、と幸村は佐助を見つめ、

「贅沢を言えば…会うだけでは、嫌だな」
「…そりゃ、俺様の台詞」

少し笑いながら、「来世で俺様が女の子になってたら、旦那のお嫁さんにしてね」

幸村は目を見開いた。

「…慶次殿と同じようなことを言うのだな」
「えぇッ、うっそぉ…」

佐助は嫌な顔になりながら、「こりゃ、相当イイ女になっとかねぇと」などと、ブツブツ呟く。

幸村は、ふっと、

「二人とも言わぬな、俺が女に…などとは」

全く思い浮かばぬがな、と苦笑いする。

「えー…だって」

言われてみると…確かに。


「何だろ…思いもしなかった。…旦那がすっごい男前だからかなぁ」

大真面目に言われ、幸村は照れるが、

「俺もだ。二人のおなごの姿など想像もつかぬが…。しかし、どちらでも良いと思う」
「わお。旦那ってば、ホント男前」

佐助の言葉に幸村はキョトンとしたが、

「おなごでも男でも、若くても老いていても、また巡り会えるのならば。…その魂に触れることができるのなら。――そんなに幸せなことはないだろうな…と」

佐助はわずかに息を飲んだ。

「…旦那」

「ん?」

幸村の大きな瞳には、一つも恥や照れなどの色は見えない。

あは、と佐助は軽く笑う。

「だからかも知れない。…俺様も、そう思ってたからなのかも。それで、旦那が女に、とか考えつかなかったのかなって」

「…そうか」


幸村の片手が、おずおずと差し出された。
佐助の体温の低い手が、温かいそれをしっかり捕まえる。


「――佐助」
「何…?」





「……決して、離すでないぞ」








――参ったね。


本当は、その台詞を思いきり二枚目な顔や声で言いたかったのは佐助の方だが。


何とその言葉が似合うのだろう、このお人は。
男でも惚れ惚れするほどのその表情。…それに留まらず、瞳にははっきりと自分を映し出してくれていて。
奥を覗くと、そこには激しい炎が燃えているのだ。――他の誰でもない、自分という唯一人への、熱が。
いっそ、その熱に熔かされて一つになってしまいたい衝動に駆られるくらいの。

(でもそうなったら触れられないし、守れないから我慢するけど)


俺はきっと、何かの呪術にでもかかってしまったのだろう。…解ける方法のない、それはそれは強力で高等な呪に。



「――佐助、聞こえておったか?…この手を…離すな、と」

幸村が、手にキュッと力を込めてくる。
受けるように、すぐさま佐助はそれ以上の力で握り返した。



「ん、……御意――」



嫌がられても、…必要とされなくなっても。
絶対に離すものか。
…その熱を、その甘さを知ってしまえば、もう遅い。
囚われて、離れることなどできるはずもない。

ずっと、ずっと想い続けて、何よりも大切にするから。…お願いだから、その炎だけは消さないでいて。
他には何も要らない――その分、心を底無しに求めてしまって、いつかがんじがらめにしてしまうかも知れないけど。
そうなったらもうお終いだから、そのときはきちんと始末はするつもり…だけど。

貴方なら、そうならないという確信。…無限の安心を与えてくれる。
闇を光の方へ近付けてくれ、影を実体にしてくれる、その穢れなき崇高な魂。


――引かれずには……惹かれずにはいられなかったんだ、…初めから。



「…大好き、愛してる、――これより上を表す言葉って、ない?」


真剣な顔で問う佐助に、幸村は絶句するしかなかったが。
その手の力をさらに強めることで、気持ちを伝える。

佐助は、さすがに痛いとは思いつつも、自分から離そうとはしなかった。

繋がれた手は、城下町に入るまでそのままで。


…それからは、いつもの如く鍛練と称した戦い――単なる競争であるが――の火蓋が切って落とされ。

二人は、すっかり以前のような、息の合った掛け合いを取り戻す。

心身ともに前より充足感が得られるのは、何も幸村だけに限ったことではなく。佐助も、この上ない高揚に打ち震える感覚を味わっていた。


「旦那っ、明日っからビシバシ俺様と手合わせしてくれよッ?」

「無論だ!早くやりたかったのだぞ!お前がなかなか帰って来ぬから!」

「いやいや、アンタがさっさと旅立っちゃうのが駄目なんだって!俺様も、越後にいるときからそう思ってたんだからね?」

「そうか…!お互い思うことは同じだな。
…励むぞ、佐助!」






――しばらく続いた安穏の日々で。


認めてしまった幸村の友人たちがしょっちゅう訪ねて来ることや、逆に出向いたりすることに心を乱される佐助だったが。

二人の繋がれた手は、その先も続いていき。

生きるときも死ぬときも――決して離れることはなく。



再びその手を掴んでみせる。…そう誓って。



…それが叶うまでに、どれほど待たなきゃならないかは分からない。だけど。




閉じた瞼の先に見えるのは、貴方の笑顔。



…きっとまた会える。



だから、待っていて。
忘れていても、良いから。


何が何でも、その笑顔だけは必ず。







「…守るよ」






この想いは――永遠。










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