永遠に5


「ありがとね。夢だとしても…思い出してくれて」

だが、幸村は忘れていた申し訳なさで一杯である。

「何故、今になって夢に出てきたのだろう…」
「うーん…不思議だよねぇ…」

佐助も、再び首を傾げる。

「恐らく、幼い頃も怖ろしかっただろうが…」

幸村は空を見上げ、「大人になった今の方が、何倍も怖い。…お前を失うのは」


…旦那、

そう声をかけようとした佐助の口からは音が鳴らなかった。


「昔も、きっとそれが怖くてお前の前に立ったんだ、俺は…」
「――そう、かなぁ…。だって、俺様たち会ったばっかで…」

信頼関係なんてあったもんじゃなかったのに。

「あ、でも…旦那なら、俺様じゃなくてもそうしてただろうね。ほんっとアンタってば、皆に優しくて」

それで、俺様だけにそうさせたくて、さり気なくおいしい役は俺様が負って。その内、他のことも俺様がやるようになって、…一番近しい存在になって。
俺様だけに甘えてくれたり、家族みたいに接してくれるように…

――違う、今はそんな秘密の箱を開けるときじゃなくて。


「…俺は、そんな優しくないぞ」

ふふっと幸村は微笑んだ。

その、何とも言えない――間違いなく美男子のものではあるが、誘うような甘い表情に、一瞬で奪われる。…目も、心も。

確実に、以前は持っていなかったもの。

自分が起因かと思うと、誇らしくも鼻の下が伸びる気持ちにさせられるが…

(頼むから、他の奴には絶対見せないでくれよ…)


「優しいじゃん、昔から…。忍とか関係なく、誰にでも」

「そんなことはない。…お前だから、走ったんだ。あの、命を賭して守ってくれた忍の亡骸を置いて…」

冷たいだろう、そんな主は……と、その瞳を伏せる。

「俺はお前が一番好きだったから…お前がいなくなるのは嫌だった。我儘だったゆえ、自分の嫌なことは避けたかったのだろう。…今も昔も、俺は本当に自分勝手な奴なんだ…」


「ちょ、ちょっと旦那」


「俺の方が、気持ち悪いであろう?」

な、と今度は爽やかな笑顔を向けてくる。

その『好き』は、今のとは違うからサラッと言えたのだろう、が。



「…どこがよ。――単に、俺様のことが大好きなだけじゃん…昔から」



「――そうか」

「そうだよ」





「…佐助」

「何?」





「…お前の顔が、大丈夫かと思うほど赤いのだが…」





「――気のせいでしょ」





「…そうか…」



「………」

「………」



「――何か言ってよ、旦那…」



「あ――ああ」





何故か幸村は冷静な声で、


「もしや……嬉しいのか?」



途端、佐助がバッと幸村の顔に向き合う。



「そうだよ!…いちいち聞くことないだろ!何!?いつもの仕返し――?」

「俺も嬉しいぞ、佐助」


「そーでしょ!やっぱな、思った通り!そーだと思っ――――…………」





……あれ?





「初めて見たな…お前のそこまで赤い顔。
…死ぬまで忘れまい」
「な――?それ、何の罰?」
「罰?いや、宝にしようと」

大真面目な顔を佐助に向ける。

「はあぁ!?何で?こんな格好悪い…」
「そのようなこと――ん?」

ちょっと待て、と幸村は何やら不穏な気配を漂わせ始めた。

「佐助、俺はッ?俺はしょっちゅう赤面しておったが…格好悪かったのか――?」

一気に情けない顔に変わり果てる。
だがそんな顔も、佐助の目にはすがるようにしか見えず…

「…んなわけないっしょ。すっげぇ可愛くて仕方なかったっての」
「何だと?男に言うことじゃないだろうっ」

幸村は憮然とするが、すぐに大人しくなった。

…佐助の腕の中で。


「な、な…何故」
「だってしょうがねーじゃん。…好きだから可愛い。可愛いって思うのは『すっげぇ好き!』って思うのと同じなの」
「は――」
「別に顔かたちのことだけ言ってんじゃないぜ?アンタ、男前だし。けどさ、可愛い。もし旦那が女でも、こんな風に男らしくないと可愛いなんて思わなかったよ、きっと。複雑だけど、可愛いってな男に対しても時には褒め言葉!」
「そ……」
「そうなの。――じゃあ、アンタさっき何で俺様の赤面なんか宝にしようとしてたのさ」
「それは…」

お前があんな風に動揺する顔は、そう見られるものではないし。…自分がそうさせたのかと思うと嬉しくて。

いつものお前と違って何やら…

「――あ」

「…そういうことだよ。俺様としては不名誉だけど」
「何故だ、お前ばかり狡いではないか」
「俺様には似合わない…旦那には似合うから良いの。見た目もそうだけどその心が。アンタはオッサンになってもそれが似合う。絶対!」
「……」

有無を言わせぬその台詞に、幸村は反抗をやめた。

「オッサン…でもそう思えるか。お前は――すごいな」

幸村が呆れたように、だがおかしそうに笑い出す。

「まあね、俺様の愛は半端ないから。それに、旦那をこーんな小っこい頃から見てんだぜ?どうしてもそう思っちゃうよ」

やっぱり、兄のような…ってのも正直あるんだろうねぇ。


「俺が、お館様のようになれてもか?」

佐助は、うっと詰まるが、

「…なりたいんでしょ、旦那」
「ああ!」

「――俺様は、どんな旦那でも大好きだよ。髭を生やそうが、でっかくなろうが…」
「そっ、そうか!」

幸村の顔が、キラキラと輝いていく。

「…でも、なぁ…」

その姿を見直し、佐助は再びしっかりと抱きすくめる。

「さ、さすけっ」
「…俺様、こうやって旦那を抱くのが大好きだからなー…。でっかくなったら、ちょっと…寂しいかも。忍だから、ゴツくなれないしなぁ…俺様は」

どんどん幸村の体温が上がっていくのが、佐助にも伝わる。


「佐助…」
「…何?」


「も、元親殿が仰っておった…大事なのは見た目ではないと」

情けないような、悲しいような表情に幸村は変わっていた。

「お前がそう言うのなら…今のままで良い」


佐助は、心の中で苦笑する。


(無理しちゃって…。本当に旦那は俺様思いの良い子なんだから)

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