永遠に4


「じゃあ…俺は、そうして無様にも長く生き続けるぞ」

「ん…頼むよ。俺様、無様なんてよりもっと、ドッロドロのグッチャグチャなもの見知ってるから、平気」

「う…そうか。――では、お前もそうして生きるのだぞ。…お前が早く死ぬと、俺の寿命もそこまでだからな」

「はいはいっと。…人魚の肉でも手に入らないかねぇ」



佐助は、そう言いながらも喜びを噛み締めていた。

忍を偲んで主が自害するなど、あり得ないし、もちろん周りが許しはしないだろう。

それでも、それを心の奥底では望んでいたのかも知れない。…最低の不敬罪になってしまうが。

(…やっぱり俺様、真っ黒いわ…)



「…でも、褥ではとことん甘々にしちゃうと思うんだよねぇ。旦那、昼間の俺様との違いについて来られるかなぁ」
「はッ、破廉恥な!いきなりそのような話に――」

真っ赤に染めた顔で拳を振り上げようとした幸村だったが、佐助の腕の力が強まり、諦めた。

ねぇ、と佐助は優しい声色で囁く。


「…ありがと、こんな俺様を選んでくれて。――風来坊じゃなく」

「――馬鹿者……」


幸村の声は、少し震えていた。














近付いて来る、城下町の灯り。

長い年月いつも見てきた。…隣にいる、この大切な人と。



「…一晩だけで良かったのか?」
「何、何?旦那はもう一晩泊まりたかったって?」

ニヤニヤしながらからかってくる佐助に、幸村はやはり容易く乗せられ、「違う!」と、たちまち機嫌を損ねてしまう。


「嘘、嘘。…早く、これからのことを色々準備しなきゃなんないからさぁ…」
「これからの…?」
「うん。――旦那と俺様のさ」
「?」
「…合図、とかね?」
「合図…?」


「うん。…夜はいついつどこで致すとか、昼間二人きりになるのはどこにしようかとか、二人だけの合図とか決め事をね――」

「破廉恥だぞ、佐助ェェ!」

力の限り、拳をその顔に叩き付ける。


「…残念でしたぁ」


スッと木の枝から逆さまにぶら下がった佐助が幸村の顔の前に現れ、その唇を奪う。

「――っ…」

佐助のいた場所には、身代わりの丸太が転がった。


「慢心しちゃ駄目でしょ、だーんな」

スッとその隣に降り立ち、きっとこの先、幸村の前でしか見せないであろう笑顔を作る。

「く…」

幸村は悔しそうにしながらも、頬は赤らみ、口元が緩むのを感じる。



そのとき、はた、と足を止めた。

「ん?どしたの、旦那?」
「佐助…」
「んー?」
「今思い出したのだが、あの夢の話…」
「夢?」

ああ、と佐助は頷き、「一昨日見たっていう、アレね」

「そうだ。…何故、分かるのだ?決して起こらぬと」

あの、いやに生々しい嫌な夢…



「だって――夢じゃないからさ」
「…何だと?」

幸村は、思わず頓狂な声を出してしまった。

佐助は、ははっと軽く笑い――

「それねぇ、実際あったことなんだよ。…既に」
「えっ……」

言ったきり、幸村は言葉を失う。

「旦那が小さいときにね。…夢では気付かなかった?」
「――ああ、…全く…」


実際あったこと…

――しかし、自分は知らない…


「…思い出したんだね」
「俺は――何故、忘れて…」

うーん……と、佐助は首を傾げる。

「旦那が、さらわれそうになってさ。他の国の忍に。…実は、結構危なくて。で、あのとき旦那は俺様に駆け寄って来て…」

「――お前が、俺を守ってくれたのだな…」

背中にあった、一際古い傷。――あれが、恐らく。


「いーや?…守ってくれたのは――アンタ」
「……え」

幸村は目を丸くする。

「俺様も、てっきりアンタが怖がって駆けて来たのかと思ってた。――仰天したよ、俺様の前にあの小さい体で立ちはだかるんだから。俺様さえも気付かなかった、敵の攻撃に対して」


――そういえば。


夢の中では、佐助を狙う敵の顔を見て…それで、恐ろしくなって駆け出したのだった。


「…しかし、俺は無事じゃないか。――結局やはりお前が庇ったのだろう?」
「ま、そうなんだけど…」

思い出すように、佐助は顔を上げた。――見えるのは、満天の星空。

主の命を守れたとはいえ、大いなるあの失態。…仲間も多く失い。

佐助は覚悟していた。
何とか小さな主を屋敷まで運び、自分も一命を取り留め、床に伏せていたが。

その責任は重い。その命でもって償うか――少年の身であるのを配慮され、里に戻されるか。
…どちらにしろ、死ねと言われるのと同じである。

しかし、真田の大殿――幸村の父からの下しを、蒼白な顔で待っていると。…告げられた言葉は、到底信じがたいものであった。


――これからも、真田の忍を。


何がどうしたのかと当時の長に尋ねてみれば、主が。


…あの、小さな主が。



恐ろしい目に遭い高熱を出して戻ったというのに、その身体で何度も父親の元へ行き、頭を下げていたのだという。


――佐助を、辞めさせぬようにと。


佐助が伏せている間中、ずっと。
父親と、長が首を縦に振るまで…それはそれは、ものすごい執念だったらしい。



「…覚えて、おらぬ…」

幸村は、歯痒そうに見返した。

「俺様と会って間もない――本当に小さいときだったし。熱が長引いちゃって…。引いたら忘れてたみたい。怖い目にも遭ったし」

このままでは幸村の命の方が危ないと、それで佐助は赦されたわけなのだが。


「…あのときアンタに救われて――今の俺様があるんだよ」


そして、あの日にこそ決めたのだ。…この方に、仕えると。

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