永遠に3


「…何故、謝る…?」

「だって、嘘だから。――旦那以外に触れるなんて」

あまりの仕打ちに殴っても良いくらいに思えたが、佐助の神妙な面持ちにためらいが生まれる。


「何故、そのような嘘を」
「だって。…旦那にも焼きもち妬いて欲しくて…」
「…お前と話していると、俺は心臓が持たぬ…」

はあ、と大きく息をつくと、佐助は布団越しにすがり付いてきた。

「ごめん。もう言わないから。…嫌わないで」

不安に揺れる声に、幸村の胸がチクリと痛む。

「何度、言わせるのだ…」



佐助はニコッと笑い、

「――でも、すーんごい嬉しかった…!ありがと、旦那」

と、幸村の頬に口付けをする。

「……!」
「沢山付き合ってくれるって、お許しも出たし」
「!?それは頷いてはおらぬぞ…!」
「同じようなもんでしょ?なるべく我慢してあげるけど、俺様もまだまだ若いもんで。仕事にも精が出るし。ねっ」
「…た、鍛練で発散しろ…!」
「旦那と違って、それは無理」

ざーんねん、と笑うと、

「…もう、話しても良いよ?」

幸村の、ほどかれた髪を愛しげに弄びながら呟いた。


「…何をだ?」


「んー…?……風来坊の、話」
「……!」

驚いたように佐助を見上げる。佐助は少し笑うと、

「旦那、都を出て以来一つもあいつの話しないんだもん。…俺様に遠慮してさぁ」
「そ、そのような…」

慌ててごまかそうとするが、全く上手くいっていない。

「――ま、俺様も分かってたくせに黙ってたんだけどさ。さすがに昨日まではその気持ちに甘えたかったし」
「佐助…」


「ね、聞かせてよ。旦那の大事な……友達の、話」


そう言って見せた笑顔は、心から安心しきってしまうような、ふわりとしたもので。


幸村は、ああ――と、掠れた声とともに微笑んだ。














「…あいつって、本当に馬鹿だねぇ…」

そう呟いた佐助の声は、慈愛に満ちていた。
幸村も、慶次の想いを思い返しながら、その胸を少々痛ませる。

「あいつも旦那も。…優しいね」

佐助は、少し悲しい笑みを浮かべた。


――朝の食事をしながら、幸村は慶次のことをこれでもかというほど話した。
最後の方になると、すっかり片付けも終わった頃にまで時間は過ぎ去っていた。


「だからな…俺は必ず幸せになるのだ」
「俺様がいれば、…幸せ?」

幸村は顔を背けたくなるが、何とか堪える。

「ああ。――もちろんそれだけではないが、まずお前がいてくれぬと何もかもが色を失くす。俺は半分になるから、幸せも半分だ。
…あと、お前が幸せでないと」

真っ直ぐ応えた。…それは、慶次への想いからでもある。


「…俺様、責任重大だわ。二人分の幸せの鍵握って」
「そうだぞ。…だから、まずお前が幸せでないとだな…」

「――旦那」

「ん?何だ?」
「旦那だよ」
「?何がだ?」
「だから、俺様の幸せ」
「…俺が――何だって?」

佐助は、ふっと微笑み、

「俺様の幸せは、アンタがいることです。

――以上」

「……っ!」



「まあ、もっと具体的に言うと、アンタが笑って、心身ともに健やかで、ますます強くなって立派な将になって、お館様のお力になって…」
「――ああ…!ああ!もちろんだ、佐助!」

幸村は、目を輝かせながら力を込めて頷いた。

「…っていうのは、アンタの幸せだから、俺様もそうなると幸せなわけ」

「そうか!………んっ?」



「本当は、アンタという人が俺の傍にいてくれて――その心を預けてくれるだけで良い。弱くても、立派になれなくても全然構わない。俺のことだけ考えて、俺だけに溺れて他には何も要らないと思ってくれて。…俺はそれに対して、ずっと底無しに甘えさせる」


だって、嫌なんだ。…突然、アンタがいなくなったりするのは。

そんなのは、世界が無くなるのと同じことだ。……俺の。


「極論を言うと、アンタが生きてるだけで良い。…他には何も要らない」

「佐助…」

幸村は、その瞳を大きく見開いて佐助を凝視している。



「――ってな!…俺様の愛、気持ち悪!冗談だよ、だん…」


またもや佐助の予想に反することが起きる。



…幸村が、佐助の身体を抱いていた。

彼に似合わず、きちんと加減しながら――心地好い力で。



「旦那…?」

てっきりぶん殴られるか何かだと思ってたから、これ…どうすれば。




「…俺は死なぬ。――決して。お前を残してなど」



「――んな」



本当……?



佐助は、掠れた声で聞き返していた。


「ああ――約束する。だから、お前もこの俺を生かして欲しい。…俺を、俺らしく…一生、叱咤激励して。…面倒なことだろうが」

その言葉に、佐助は小さく笑う。

「うん、ごめん――さっきのは言い過ぎだったよな。…分かってるよ。何だかんだ言って、そんな旦那を大好きなのは俺様なんだから」

少し目を伏せて、

「でも、俺様厳しいから…。旦那が辛い状況に遭ったとき、冷たく突き放したりするかも知れない。…俺様は忍なんだ。片倉のダンナのように助言してあげたり――そういう力にはなれないから」

辛そうに眉を寄せる。
対し、幸村は怒ったような顔を向け、

「俺はもう童ではないぞ!それしきのこと分かっておる」

そう強く言うが――

「…まあ、お前の心配も分かる。俺はまだまだだからな。お館様のお力に守られているだけの…。一国を治める器など――」

佐助はその身体を抱き返した。

「旦那は、まだ若いから。…でも頑張ってる。沢山悩んで、間違ったり落ち込んだりするだろうけど、きっと最後には自分の答えを見つけ出す。…そんなアンタにこそついていく多くの者がいる。俺は、…俺様だけは、アンタに一生ついていく。どこまでも…死の旅に出るまで」


そして、その先も――





「――そうか」

幸村は、短く頷いた。


「……うん」

佐助も同じように頷く。

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