友2

「いえ、俺は家を出たので…。前田の叔父たちのことは大事に思ってますけど、そんな…間者のような真似をするつもりは毛頭ありません」

珍しく真面目な顔で、必死に訴える。

「――真か。…お主の心にそう誓えるか?」
「はい」

(…そんなつもりなら、こんな回りくどい方法とらないって)

それは、虎も分かってはいるのだろうが。

「あやつを…幸村を利用しよう、などとは」
「んなこと思ってもいませんよ。あの、清廉潔白っていうか…とにかく真っ直ぐな気質にすっかり惚れちまいまして。…自分にはないものだから」
「……」

信玄は、何か考えるような顔をした後、

「儂は、お主と幸村…よう似ておる気がするがな」
「えっ」

(ど、どこが…)
面食らって信玄を見返したが、彼は少し口端を上げただけで、それ以上のことは言ってくれる気がないらしい。

「ここから少し離れたところに、湯治場があるのだが…」
「…?」
「これまた良い宿があるのだ。飯も酒も美味い。…幸村に案内させるので、今晩はそこへ泊まるが良い」
「ええ!?」

(いきなりそんな優待遇!?…もしかして、そこでズバッとやられちゃうんじゃ)

「安心せい。お主が本当に間者でないか、見張りに幸村を付けるのだからな」

…見張りにならんだろ、あいつは。

ってことは、何?
お父様直々に、二人でパーッと遊んで来いって言ってくれてる!?

すげぇ!やった!湯治に酒、飯!目一杯やろう!――ホントは、殺られちゃうのかも知れんし。

「ありがとうございます」

とりあえず、深々と頭を下げる。

「…あやつは、これまでずっと鍛練ばかりでな。他の楽しみなど、全く知らぬ。まして、友と呼べる存在も…一人を除いては」

(そういえば、あの派手な忍を見かけない。…あ、忍だからか)

宿へも、こっそりついて来るのだろう。
慶次は、どうやって佐助も宴に巻き込もうかと考えを練り始めていた。

それにしても、甲斐の虎と言えども人の親…ということか。
実の親子でないにしろ、その心は子を思いやる親そのもの。
自分の叔父と叔母のことを思い出しながら、慶次は温かい気持ちになる。

『熱い友情が…』

冗談半分で言った言葉だったが、先ほどよりも俄然その思いが強くなったのが分かる。
そんな慶次の表情の変化に、信玄は満足そうな顔になっていた。
そして、

「――では、そろそろ」

と、慶次の腕をガシッと掴んだ。

「…え?」
「幸村も待ちくたびれておるぞ!いざ、外の稽古場へ!」
「け、稽古場?」

激しく嫌な予感…

「うむ、まずは手合わせを、と思うてな!お主、以前儂を訪ねて来たのであろう?」

信玄は、相好を崩しきっている。

(…あいつの戦バカは、師から受け継いだ…)

「いや、あのっ、もう虎の若子と充分戦わせて頂いて!友達にもなれましたし!」

もはや泣き笑いになって抵抗するが、力では全く敵わない。

「そう言わずに、儂とも熱い友情を築き上げようではないか!」

赤い大虎は豪快に笑いながら、情けない顔に成り果てた慶次を、お構い無しに引っ張っていく。

――ああ、湯治場…酒…。タダではありつけないか…。
間者にやられる前に、こっちに殺されそう。

そして、何故外でやるのかという理由は、そのでたらめな戦いっぷりをされてからハッキリと理解できたのであった。














「はぁー…良いお湯だねぇ!」

慶次は極楽顔で湯に浸かり、腕を周りの岩に預けた。

「そうでござろう?お館様も、大変気に入っておられるのだ!」

まるで自分が褒められたかのように、隣に並ぶ幸村は喜んでいる。

(だから、最初から一緒に入ろうって言ったのに)

初め、慶次の背中を流すのだとか、お客人と一緒になど失礼だから、などと言い、幸村はなかなか入浴しなかった。
そこで、またもお得意の泣き落としを仕掛けたというわけだ。

『せっかく友達になったってのに、水臭いじゃないか。…俺、一人寂しいな』

とか、シュンとなって言えば、

『ま、前田殿ー!某、間違っておりましたぁぁー!!』

ババババッと着衣を脱ぎ捨てて、逆に慶次の手を引く。

――それにしても、声、でか!…次は、耳塞ぐように気を付けよう。

あー、でもホント…素直で面白いなぁ。
世間知らずの上に、何でもかんでもびっくりしてくれるしさぁ。
『博識でござる!』…とか言われちゃって。
何か、自分のことスゴい奴と錯覚しそう。
しかもこいつ、全部本心から言ってくれるんだよなぁ…

「なぁ、『幸村』」
「はい?」

(…ありゃ、普通に反応された。実は名前で呼んだの、初めてだったのに)

「前田殿?」
「それ!」
「え?」

「どれ?」というように、幸村は周りをキョロキョロした。

「違ーう、名前!俺のことも名前で呼んで、幸村」
「…あ」

そこでやっと、幸村は自分が名前で呼ばれていることに気が付いたようだ。

「あ…では――慶次…殿、と」

うん、と慶次は満足そうに頷き、

「ていうか、殿とかいらないのに。敬語もさー」

しかし、幸村は情けない顔になり、

「これはもう直しようがないでござるよ。部下には、多少命令口調にもなっているようなのですが…」
「あ、けど、あの忍に対しては違うよな。幸村、自分のこと『俺』って言ってたし」
「…佐助のことでござるな。あの者は、某が幼い頃からいて兄弟のように傍で育ったゆえ。と言っても、佐助はもう大きかったのですが」
「へぇー、いいな。俺はそういうの、いなかったからなぁ」

でも、叔父の利家とはそう歳が離れているわけでもないので、兄のようとも言えるかも知れない。そう思うと、少し分かる気もした。

「なぁ、その忍の兄さん、来てるんだろ?酒のとき、呼んじゃおうぜ」

慶次が、悪戯を企むような顔で提案する。
幸村は驚いたようだったが、残念そうに首を振った。

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