小さな恋のおはなし
また朝が来た。モニターから強制的に流れるモノクマーズ達の安っぽいコントで目が覚める。顔を洗って歯磨きをして、髪の毛をささっと整えてから食堂へと向かった。
「おはよう、猫柳さん。今日もパンケーキとお紅茶で良いかしら?」
「うん、東条さんいつもありがとう!」
東条さんは毎朝誰よりも早く食堂へ来て皆の朝食の準備をしてくれる。料理など全く出来ない自分にとってはとても魅力的で、男の子は皆こういった女の子が好きなんだろうなーとか、素敵なお嫁さんになるんだろうなーとか考えてしまう。
「ふぁあ〜おはようっす」
ぐるぐると回る思考回路に割り込んで来たのは間の抜けた想い人の声だった。隣の椅子に腰を掛けて眠そうな目を擦りながら珈琲を飲んでいた。ちらっと視線をやればそれに気付いたその人はこちらを向いた。
「猫柳さん、そういや昨日読んでた漫画の続き、今日も読みにいくんすか?」
「うん、天海くんも昨日の本の続き読みにいくの?」
「そうっす、一緒に行きますか」
残っていたパンケーキを口に放り込んで洗い物に向かう。いつもは東条さんが洗い物すらもさせてくれないのにも関わらず、天海くんの分のコーヒーカップも一緒に持って行き、洗い物を始めた私を東条さんは止めることはしなかった。多分東条さんは私が天海くんの事が気になっていることをわかっていて、少しでも良いところを見せられるようにしてくれてるんだと思う。
「なーんか猫柳さんはいいお嫁さんになれそうっすね!将来の旦那さんが羨ましいっす」
「えっ!?将来の旦那さん…」
洗い物をしていると、いつの間にか背後にきた天海くんに話しかけられた。手早く洗い物を済ませる。将来の旦那さんは天海くんがいいのに、なんて口に出せる訳なんてなくて俯いた。
「最原くんとか優しくてカッコいいしお似合いじゃないすか。王馬くんもなんだかんだ引っ張ってくれそうっすよね」
「あの、私…」
「あ、すいません。もしかしてゴン太くんみたいな包容力のある感じのほうが好きだったすか?」
「ちがくて!」
自分でも大きな声が出てしまったことに後悔した。もしかしたら恋人になるだとかそういう目で私は見てもらえてないのではないか。そう思ったら心がとても痛くて、このままでは嫌だという気持ちが溢れてきた。少し涙目で天海くんの瞳をじっと見つめていたら、はっとした顔をした後真剣に見つめ返してきた。
「ちょっと待って、俺から言わせてほしいっす」
心臓がどきどきする。大好きな天海くんの綺麗な鶯色の瞳に、吸い込まれてしまいそうだ。少しずつざわざわと賑わってきた食堂にいるはずなのに、2人の世界はとても静かだ。
「例えば、俺と付き合ってみるとかどうっすか?」
発された言葉が耳に入ると同時に世界の全てがスロモーションになった気がした。自分の心臓の鼓動が天海くんに聞こえてしまうのではないかというほど煩くて、自分が息をしていることすらも忘れて、目を見開きながら見つめることしか出来なかった。
「すいません。ちょっと困らせちゃったみたいっすね」
「私でよければ…」
ワンテンポ遅れて返事が出てきた。天海くんもさっきの私みたいに目を見開いてこっちを見ている。私の言葉を噛み砕いているようで、天海くんはいきなり顔を真っ赤にすると、ばっと口元を手で覆った。つられて私も真っ赤になる。
「ええ!?本当っすか…!?うわ、嬉し…」
天海くんは真っ赤な顔のままそう言った。食堂に人が増えてきたこともあって、話の続きは図書室ですることになった。2人して真っ赤な顔をしながら腕を引かれて食堂を出ようとすると、東条さんと目が合って微笑まれてしまった。少し恥ずかしい…
図書室に着くと繋いだままの手を天海くんに引かれて本棚の隅に追いやられる。とんっと背中に本棚が当たる感触がして、真剣な顔の天海くんと目が合った。
「俺、結構独占欲強いんで、嫉妬とかするし相当めんどくさいと思うんすけど大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「あとあまり我慢するのも嫌いなんで、皆に秘密で付き合うとかも無理っす」
「私も。皆に迷惑かけたくないから」
「あと今からこんなこと言うのもアレっすけど、結構溜まってるんで夜とか優しく出来ないと思うっす」
「うん、わかっ………へ??」
流れでさらっと恥ずかしいことを言われて固まってしまった。心なしか欲情を孕んだ瞳で見つめられて、静まりかけていたどきどきが再発しはじめる。そのまま近寄ってきた天海くんの唇が私の唇に重なった。
「ん、かわいいっす」
触れた唇はすぐに離れたけれど、目はずっと合ったまま。堪らなくなって首元にぎゅーっとしがみ付くと腰に優しく手が回ってきた。
「これからは麗奈って呼ぶっすね」
「じゃあ私は蘭太郎くんって呼ぶ!」
2人で微笑み合って再度短い口づけを交わした。これは私の心に花を付けた小さな恋のおはなし。