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忍田さんはブレない優しさを持っている。
全然、ブレない。
そういう忍田さんだからこそ、やり手の営業マンだと噂されるのだろう。
「ホント、ブレないんですね……」
オーダーしたものが卓上に並べられていき、目の前に置かれたピンク色のグラスに付着する水滴を見つめて言う。
私自身、心の中で呟いたつもりだったのだが、口から漏れていたらしい。
「ん?」
「いえ……。忍田さんって、ホントに強いんだなって。憧れます……」
「そう? うれしいね、褒めてもらえると」
差し出されたジョッキに、私もグラスを差し出して乾杯する。
「美味しい……」
「だろ? でも、飲みすぎは厳禁だよ」
「はい……」
一口、冷たい液体が喉を通り抜けていっただけで、なんだかふわふわしている。
これが、飲まれていく心地よさというのだろうか……。
──飲む回数が増えていくと、お互いの緊張がお酒の力によって溶けていく。
「ホント、忍田さんってモテるんですね。会社でもそうなんですか?」
忍田さんは手に顎を乗せて、人差し指がこめかみをとんとんと叩く。
「そうかな……。俺自身はよく判らないよ。でも、言われてみれば、合コンとかには誘われるよ。断るんだけどね」
「なんでですか? お仕事が忙しいからとか、ですか?」
「まあ、それもあるけど……。俺にもあるんだよ、いろいろと事情がね」
忍田さんはそのままの体勢で、ビールを煽った。
「絶対、忍田さんはモテますよ。だってお仕事できるし、イケメンですし」
「あはは。ありがとう。そういう結ちゃんこそ、彼氏とか好きな人はいないの?」
「そんなの、いませんよ〜。私はどうしても教師になりたいんです。そんなことに現を抜かしてられませんもん」
「ふーん……。でも、恋愛って結ちゃんが思ってるものほど、煩わしいものじゃないよ」
「そうですか?」
「そうだよ。きっと忘れちゃってるんだ、恋をするってことにね」
「恋、かぁ……」
もう何杯目のお酒か分からない。
手に持っていたグラスをぐいっと上げて飲みあげると、テーブルに突っ伏してしまう。
あー、どうしよう……。
飲みすぎちゃったかも……。
もう、全身がふわふわって……浮いちゃってるみたいで……気持ち、いい──。
「結ちゃん? 大丈夫?」
「う〜ん……忍田、さん……? 私、もう──」
そんな不安定の中で聴く、忍田さんの優しい声がすっと入ってきて……消えていく──。