「デートするぞ」 - 20

「じゃあ、帰るわ。また明日」

「は、はい……そうですね」


 山下君はくるっと背中を向けて歩き出した。
 しかし、数歩歩いたら、踵を返して戻ってくる。
 何か忘れ物でしたのだろうか。


 山下君は私の目の前に立って、しばらく見つめられる……。

 な、なんだろ……何かしたっけ……?


「あ、あの……山下君?」

「坂下……」

「え……」


 そのまま、山下君の唇が、私の唇に触れた……。


「え……? あ、あの……っ?」

「じゃあな」


 そっと残していった山下君の熱……。
 もう二度と振り向くことなく、ただその背中を見つめて……姿がすっかり見えなくなると、私は自分の唇に触れてみた。
 もちろん、何か違和感があったわけではなく、ただ──山下君の置いていったぬくもりと感触が確かめたかった。
 キスされたことを忘れないために……。


 私──山下君のことが、好きなのかな……。


「奏!」

「わぁっ!?」


 がしっといきなり両肩を掴まれて、人がまだ多いことも考えずに大声を出してしまった。


「びっ……くりしたぁー。どうしたの?」

「お、お姉ちゃん……っ」


 驚いたのは私のほうだ。


「もう、驚かさないでよ……っ」

「いや、ずっと超えをかけてたんだけど、奏が気づいてくれなくて……。まっ、いいや! 帰ろう!」


 パーキングエリアに停めているという車まで行き、出発してから数分して、再び姉が「どうしたの?」と訊ねてきた。


 言うか言わないでおくべきか──悩んだが、隠し事は苦手だからそのうちバレてしまう。
 ならばいっそのこと、打ち明けてしまったほうがいい。


「帰りにね……キスされたの。山下君に」

「えっ? 付き合ってるんだから、普通なんじゃないの?」

「付き合ってない……。ただのフリなの」

「フリ?」

「うん……今日だって、デートのフリだもん……」


 車内にエンジン音と道路を走る音だけが響く。
 いつもなら大騒ぎする姉も何も言わずに、ハンドルを握る……。


 しばらくして、赤信号に引っかかったので止まると、姉がやっと口を開いた。


「奏はそれでもよかったの?」

「え……?」

「デートのフリでもよかったの?」

「そ、それは……」
- ナノ -