02普通に憧れているんだ
「あっ、綾ちゃん!」
「ん? ああ、瀬戸君。それに、成瀬君」
ほんわかと優しげな笑みを浮かべる女性は、保健室の先生の赤城綾菜先生だ。
俺たちがこの蒼明高校に入学したと同時に彼女も赴任してきた。
アラサーと言うが、より若く見える。
つまりは童顔で、話しかけやすい教師であることから生徒──主に男子からの人気が高い。
また外見や性格のせいで、カズのように先生ではなく綾ちゃんと呼ぶ者もいる。
赤城先生はもちろん嫌がったが、綾ちゃん呼びが増幅し始めると、埒が明かないと諦めたようだ。
「そうだ。成瀬君、生徒会長になったんだよね。おめでとう」
「ありがとうございます」
またそれかよ、と突っ込みたくなるが、イメージダウンは避けたいので言わない。
「綾ちゃん、俺だってキャプテンになったんだよ! 誉めてー」
と、まさに猫なで声で赤城先生にすり寄るカズに、お前はどこぞの甘えん坊だと心中で突っ込む。
「はいはい、すごいねー」
「うわっ、棒読みじゃん!」
先生、グッジョブ!
俺は先生に向かって、親指を立てたポーズをつき出すイメージをする。
まあしかし、これぐらいじゃあ、コイツは折れない。
そういうメンタルの面を評価すれば、カズは確かにスポーツ選手に向いているだろうな。
でも、こうして友人の恥ずかしい言動を見ていると、どうしてカズと友情を築いてしまったんだと、自分を猛烈に責めたい衝動に駆られる。
「成瀬君も大変だね」
「全くです」
雑な扱いをされたカズが軽めにショックを受けているそばで、俺に対する先生の憐みの一言にひどく同感する。
「じゃあ、お二人さん。もうすぐ朝のHRが始まるよ」
赤城先生に指摘されて腕時計を見ると、確かに時間が迫っていた。
「あ、そうですね。じゃあ、失礼します──ほら、カズ。さっさと行くぞ」
未だに先生と話すカズに早く来いと言い聞かせるために声を低くして言い放ち、教室に向かう。
「あっ、置いてくなって! じゃあね、綾ちゃん!」
「はいはい」
赤城先生はまた軽くあしらう。
最初こそ戸惑っていた彼女も、すっかりカズに似た輩の扱いがうまくなった。
慣れとはそういうものなんだが。
「いいよなー、綾ちゃん。彼女にするなら、綾ちゃんみたいな子がいいなあ」
ちらりと背後を見ると、赤城先生がいなくなっていた。
だから、カズが彼女の話に戻したのかと瞬時に理解する。
「だったら、赤城先生にしとけば?」
「はあ!? 無理だっての。俺とじゃあ釣り合わないわ!」
「ふーん」
まさか、冗談を本気にするとは思ってもみなかった。
誰がどう解釈しても、冗談にしか聞こえないはず。
それをストレートに受け取ったということは、カズにとったらよっぽど手が届かない存在なんだろう。
「別に何ともないだろ、赤城先生なら。カズなら余裕だろ?」
「お前なあ。綾ちゃんは人気があるわけ。競争率が高いわけよ! そんな綾ちゃんを余裕って……!」
語りすぎだって。
暑苦しいわ。
俺はもう判った判ったと掌を下に、その手を下から上へとひらひらさせる。
だが、カズは「高嶺の華同士だからそう言えるんだ」などと呟きながら、教室に入った。
それは間違いだ。
俺も赤城先生も別に普通の男と女──ただ、それだけなのに。