「あ、みょうじさ……じゃねぇや、みょうじ!」
「おはよ、丸井くん」

朝練を終えて、朝特有のざわめきを放つ教室に踏み入れると、彼女は昨日までとは打って変わって人懐っこい笑顔で俺を迎えてくれた。相変わらず、冬服のスカートから伸びる足は真っ白で細くて心配になるくらいだったが。

「どうしたの?」

みょうじが突っ立ったままの俺を見上げて問いかける。小首をかしげる仕草は小動物を思い出させた。

「いや、なんでも」
「そ?」

席替えした座席に座ると、なんだか余計にみょうじを近くに感じた。そして同時に、その体がとてつもなく小さく感じた。隣で英語の予習に励む姿は、普通の女子生徒だった。だかやはり、彼女は細かった。まるで筋肉の無いような足、膝なんか骨がそのまま出てきているようだ。そういえば、彼女の顔の頬骨も、なんだかちょっと出ていたように思える。痩せている証拠だった。

「ん?」

俺の視線に気づいたようにみょうじがもう一度こちらを向く。

「や、細せーなーって」
「あ、私?」

普通の女子はここで俺の言葉を全否定するはずだが、彼女は違った。まぁこの細さでそんなことを言われても納得することなど出来ないのだが。
みょうじは自分の膝を一撫でして、照れるように笑った。

「よく言われるけど……他に細くて可愛い子、いっぱいいるから」

笑っているのに、なんだか悲しいような諦めたような、そんな表情だった。違和感、があった。確実に感じた違和感に、ふと、昨日の女子達の会話が頭の中でリピートされる。
"拒食症"、食事を極端に減らしたり、取らなかったりして痩せていく病気。そうだ、きっとそうなんだと、俺の中で確信に変わった。

またさらに、彼女の体が小さく見えた。




昼休み、教室を抜け出して図書室へとやってきた俺は、真っ黒な画面のパソコンの前に座って電源ボタンを押した。図書室なんて何年ぶりだろう、柳や真田なんかは割りと来ているのだろうが、俺はまったくと言うほど経験が無い。
やっと立ち上がったパソコンの、インターネットを開く。家で何度かネットをやってみたこともあったが、携帯の方が便利だし手軽だということもあって、キーボードの扱いに慣れていない。おぼつかない指で、検索ページにキーワードを打っていく。

「き、ょ…し、ょ、く…」

"拒食症"、漢字に直したそれを確認して、検索ボタンをクリックする。
ずらりと並べられた見出しの中から、一番上のページを開く。

"人間関係の問題による心理的なストレスや不適応、コミュニケーションの不全などが原因とされている。依存症の一種である。摂食障害は大きく拒食症、過食症に分類される。"

「……」

"拒食症では極端な食物制限が中核となる。食事を食べているところを他人にみられたがらない場合も多い。その他、体重を減らそうとして運動をするなどの過活動がみられることもある。拒食により体重低下が進むと月経が停止し、極限まで低体重となることもある。この時期でも本人はいたって元気な様子を見せる事が多い。"

「……」

つまりは、表面上では明るく振舞ってるってこと、か?
みょうじの細くて白い体、そしてあの、俺に対して明るくなった声色、なんだか思い当たる節があって手が止まる。彼女の知ってはいけない部分を知ってしまったような、そんな気がしたのだ。俺は何をしているんだ、勝手に彼女がそれなんだと決め付けたように、何をこんなところまで来て、わざわざ調べているんだろう。それに、

もし、もしみょうじが本当にこの病気だとしたら、俺はどうするつもりなんだ?


きっと、どうすることも出来ないんだろう。俺は医者でもなければカウンセラーでもない。それに彼女にとって俺は、ただのクラスメイト、隣の席の男子、そんなちっぽけな存在であるというのに。




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