ざわめきの収まらない教室に、担任の声が響いたのは仁王が出て行ってから三分後だった。軽く話を聞いた後、担任は席替えをすると言って真っ白に線がクラスの人数分だけ入った紙を取りだし、それを回し始める。仁王いないけどいいのか、そう思ったが、俺が奴の名前も一緒に書いてやろうという結論に至った。
15分もすれば全員が名前を書き終わり、担任が番号を振り分けられた座席表に名前を書き始める。黒板に書かれたそれは、俺の目に大きく写っていた。

担任の右手が俺の名前を書いたのは、窓際から二列目の一番後ろだった。ラッキーだ。仁王は俺の左前、窓際だった。それを見た途端、女子の何人かが声を上げるのが分かった。俺の隣、仁王の後ろ、その席に名前が書かれたのだ。しかし女子の過剰反応もたいしたものだと思った。あの席に名前を書かれるのはたった一人のはずなのに。

「……」

書かれた名前、それを見て、俺は立ち上がりそうになってしまった。それが何故だかは俺にもさっぱりわからない。ただ、少し衝撃的だったのだ。みょうじなまえ、彼女のいる席に目を向けると、少し口を開けたまま黒板を凝視する彼女が見えた。なんだかちょっと間抜けな彼女の顔に笑ってしまいそうだ。
そんなに俺の隣、嫌なのかよ!



「みょうじさん」
「は、い!」

ぐるんと大きく首を回して、俺を見る彼女。新しい座席表にしたがって机を動かし終わった後だった。間近でみる彼女はやっぱり細くて白かった。スカートから覗く足も、細すぎた。

「俺の事、その、……怖い?」
「……え」

図星か、図星なのか。少し焦ったみょうじさんの表情に少なからずショックを覚えた。HRはとっくに終わって、あとは下校するのみだった教室内はざわめいていて、逆に黙り込んだみょうじさんはなんだか不思議だった。

「そんなこと、ないよ?」

嘘だ、怖いって顔してる。表情に出てる。って言うかみょうじさんは俺の名前を知ってるんだろうか、こんな見ず知らずの、初めて同じクラスになって話すような奴にこんな事言われて、気持ち悪いとか思っていないだろうか。そうなると、一応校内では名が立っていると思っていた俺の自身が揺るぎ始める。

「じゃ、じゃあ俺の名前――いでっ!!」

「ブン太!アンタなになまえ虐めてんのよ!!」
「あぁ!?」

突然の後頭部への痛み。声に後ろを振り向けば、我が立海男子テニス部マネージャー高木の姿があった。女子のクセに馬鹿でかい背の高木は、力の強さも並大抵の女とは桁違いだ。ついでにあの堅物・真田を落とすほど押しが強い女である。

「つ、つかさちゃん!違う!」

慌てて言ったみょうじさん。彼女の声に高木の動作が止まる。「ならいいのよ」と面倒くさそうに言った高木に、後頭部の痛みが増した気がした。勘違いで人を殴るなっての!

「ていうかなまえも、こんな不良と一緒にいちゃ駄目よ」
「不良じゃねーよ!」

俺がちょっと声を荒げて言ったら、みょうじさんの肩がビクリと跳ねるのが分かった。なんだこのビビりよう。

「不良じゃない。アンタみたいな髪の毛真っ赤でまともな人、見たことないもの」
「テメーはそうやっていつもいつも俺ばっか集中攻撃しやがって……はっ!」
「? なによ」
「お前、もしかしてみょうじさんに俺の事悪く言ってんじゃねーだろうな!?」

高木が右眉を上げた。ハァ? 何言っちゃってんのあんた、そんな風に。

「そんな面倒くさいことするわけ無いでしょ」
「じゃあなんで……」

なんでみょうじさんはこんなに俺にビビッてるわけ?意味わかんねーし。良く分からないけれどとてつもなく沈んだ気分になって、俺はチラリとみょうじさんの方を見やった。するとまた困ったようなみょうじさんの顔が見えて、さらに凹んだ。

「あ、あのね!丸井君!」

その声に、バッと顔を上げる。またみょうじさんの方がびくりと跳ねたが、名前を知ってもらっていることが嬉しすぎて気にならなかった。

「私ね、ちょっと丸井君のこと……ちょっとだけだよ?怖いと思ってたの」
「……」
「髪の毛真っ赤だし、仁王君も白いでしょ?二人仲良しだし、テニス部だし、女の子も結構……ギャルっぽいって言うのかな、そういう子と一緒にいる雰囲気だったし」

ちょっと怖いかなって、そう付け足してみょうじさんは笑った。

「だけどね、もう大丈夫!」
「え」
「最初ね、ちょっと睨まれたのかなって思ったの。ほら、黒板消してるとき、目が合ったでしょ?その時。だけど、なんか怖い?って気にしてくれたりちょっと違うなーって。だからもう大丈夫」

ああ、今きゅんと来た。きゅんきゅんっと。俺より少し背の低いみょうじさんを見つめる。またきゅんとした。

「みょうじさん」
「あ! そのみょうじ"さん"って、やめよ? つかさちゃんも"高木"なんだし、みょうじでいいよ」

先ほどとは打って変わって、とても親しく話してくれるみょうじさん……じゃなかった、みょうじ。人懐っこい性格らしい、またきゅんとした。


「はーい、仲良しになったところで、丸井はミーティング行きましょー」

お前空気読めよ! そんな抗議は口に出されること無く、首元を掴まれて、ぐえ、とだらしない声に変わった。

「イテーよ馬鹿力!」
「ほら、早くしないと弦くんが困るでしょ」

弦くんとはうちの部長、真田のことである。なんつう女だ、自分の恋路のために、人の恋路を邪魔するなんて!

「じゃあね、なまえ」
「うん、ばいばい!つかさちゃん、丸井君」

教室の中、その隅っこの席で笑いながら手を振る彼女に、明日からの名誉挽回を誓った。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -