「あたし3キロも増えたんだけどお!」

黄色い声が聞こえた。ガヤガヤした身体測定後の教室。制服に着替えた女子達が戻ってきたのだ。
学年が変わるとこう行事が多くて困る。オリエンテーションだとかクラス対抗マッチだとか。だるい事この上ない。

「ブン」
「あぁ?」
「お前も太ったじゃろ」

女子か。がたりと音を立てて俺の前の席を陣取る仁王。まぁ俺の席じゃねーし良いけど。
二言三言、仁王と話し始めた後、入り口付近ででかい声して話していた女子がこちらに近づいてくるのが分かった。

「ブン太、今日暇あ?」

昨日ヤった女だった。やけに目元が黒々としていて、睫なんか刃物みたいに上を向いていた。香水のにおいがする。最中もこのにおいに倒れてしまいそうだったが、やけに甲高い喘ぎ声に意識をやっとのことで繋がれていたのを覚えている。

「部活のオリテあるから無理」

すると女は不機嫌そうな顔をして、再び一緒に来た友達と話し始めた。なんでわざわざ俺達の隣で、そんな不満は言わないでおいた。でもやっぱりきつい香水が鼻をつく。

「痩せなきゃ、これマジやばいわ」
「どーすんの? 飯抜き的な?」
「無理無理ーあたしそんなの生きていけなあい」 

高い声が4つ、いや5つ?ただボーっとしてその会話に耳を傾けていた。仁王はただ話すでもなく嫌な笑いを浮かべて俺を見ていた。

「……お前等なんでそんなに痩せたいワケ?」
「あっは、モテたいからに決まってんじゃん!」

一人が言うと他の奴等が笑い始めた。女の痩せたいだとか可愛いだとか、そんなものがちっとも当てにならないということは重々承知していた。今更聞きたいとも思わないし。下品に手を叩きながら、極度に短いスカートを揺らして話すそいつ等を尻目に、ふと黒板に目をやった。

「お前等、あれ目指してんの?」

俺がそいつ等に言ってやると、一気に目がそちらへ向かった。そこには黒板消しに勤しむ、今日の日直の姿。きっと真田の腕ほども無いだろう細い足、Yシャツの袖から覗く手の甲や指は骨が角ばって見えていた。身長はさほど低くないはずなのに、何処までも小さく見える背中。

「あれは無いー」
「うん、ちょっとあそこまでは無理。っつーかどんだけ根性あってもあれは出来ないでしょ」

ふうん、あっそ。そう言って俺は机に顔を伏せた。やはり女の話になんて首を突っ込むもんじゃない。

「あれってえ、元4組のみょうじさんだよねー」
「アンタ知ってんの?」
「うん。だってあたし1年のとき同じクラスだし」
「つかほっそ! あれほんと何、やばいんですけど」
「なんか"きょしょくしょー"らしいよ」
「あーわかる! 普通に痩せてるとかってレベルじゃないもんね」

嫌でも聞こえる会話にふと思った。確かに異常なほどの痩せ方であると。俺は少し顔を上げて体勢を変えると、まだ黒板の前にいるみょうじさんを見た。
細い。そして、白い。後姿だから良く分からないが、きっと顔も小さくて白いんだろうな、そう思った。

「何見てるんじゃ、ブン」
「んー……みょうじさん」
「ん?」

仁王もつられて俺の視線の向かう先に顔を向けた。俺と仁王の視線の先が重なると、それに気づいたかのように、対象がこちらを振り向くのが分かった。黒い髪が揺れるのを見るのは久々だ。

「……」

視線が交差する。それが仁王と彼女のものではなく、俺と彼女のものだとすぐに分かった。
彼女はすぐに困ったように視線を逸らした。そりゃ俺は学校内でも有名なイケメン集団・立海テニス部のレギュラーだし、髪の毛が赤い奴と白い奴、両方に見られてたとあれば動揺するのも間違いない。しかも彼女、みょうじさんのようなタイプであればなおさら。

「細いのう」

仁王が呟いた。彼女はそそくさと自分の席に戻って、周りの友達と喋り始めていた。

「ブン?」
「……やば」
「なにがじゃ」
「色々」

俺がそう言ってもう一度顔を伏せると、仁王は「単純じゃの」とそれだけ言って教室を出て行った。あと五分でHRが始まるって言うのに。

("きょしょくしょー"、ねぇ……)


 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -