「いやあああっ」

部室内からそんな声が聞こえたのはついさっきだった。HP終了後、遅れないように部室に向かおうとしていたその時である。
俺はそこから右足で地面を蹴り、走って部室の前まで行ってドアを開けた。そこには、壁に背中をつけて床の一点を指差すなまえと、丸井、仁王、赤也の四人がいた。

「おいおい俺マジ無理! コイツだけは無理! 仁王がやれって!」
「ブンちゃん、俺も勘弁ぜよ……っ赤也がやりんしゃい!」
「うわっこっちくんなぁ!」
「もーどうでも良いからだれか追い出して……さっ真田ぁ!」

泣きそうな顔をしたなまえが、俺を目掛けて突進してきた。なまえは俺の腰にがっちりと腕を回すと、真っ赤になった顔で見上げてくる。

「あれ殺して!」
「む、?」
「あれ! ゴキブリ! きゃああこっちきたあああ」

なまえが泣きつくので床に視線を向けてみると、確かに素早く動き回る一匹の無視の姿が眼に入った。しかし、生き物を殺すことは道理に反する。

「真田! はよう殺しんしゃい!」
「きもいきもいきもい!!」
「あれもこれも丸井先輩がボロボロ溢しながらいろんなもん食うからじゃないすかぁ!」
「んだとぉ!?」

普段ならここで、だらしの無い三人の部員を持ち前の怒声で叱っているのだが、今日は中々その声が出てこない。なまえが俺の腰にがっちりと巻きついているので身動きが取れないのと、なまえの、なまえのその、胸が俺の腹部にぴったりとくっ付いているからだった。こんなことを考える時点で俺自身がたるんでいる証拠だった。自分の不甲斐無さをいくら悔やめど、身動きは出来なかった。

「真田早く!!」
「し、しかし殺生はだな……」
「そんなのどうでもいいの! 世の中には殺して良いものも……や、ホントにこっち着たあ!」

そんなこんなで俺が躊躇していれば、足元のすぐ傍までゴキブリがやってきていた。なまえが息を呑むのが分かって、俺も妙に緊張してしまった。しかし奴は、俺の足の横を上手くすり抜け、外へと出て行ってしまったのだ。

「……」

全員の沈黙、それを破ったのは赤也だった。

「ふー……もう、丸井先輩が食べこぼししてなければ!」
「ああ?赤也テメェもう一回言ってみろい!」

ごちゃごちゃとまた二人が言い争いを始める。副部長として、一度この二人を叱ってやらなければならないのだが、今はそのようなことなど二の次だ。

「真田ぁ?」
「む、」

腰に回ったなまえの腕が、さらに力を帯びて俺を締め付ける。密着した部分が熱い。

「えっちなこと考えちゃったの?」
「!! 俺はそんな軟弱な……!」
「ふふ、嘘つかなくていいのに」

やわらかいその胸の脂肪が、まるで押しつぶされるようにひしゃげていた。俺の位置からだと、なまえの開いたYシャツの間からその光景が丸見えである。

「ね、真田ぁ」

甘えるような声が耳を赤くした。顔やら体やら、あらゆる所が熱くなって俺をおかしくさせる。両手がゆっくりとなまえの肩に触れた、その時。

「ああー!! 副部長ずるいっすよ!! なまえ先輩は皆のモンなのに!!」

視界から消えていたはずの赤也の声がそこら中に響く。そこではっとして両手でなまえの肩を押した。

「ト、トイレに行ってくる」

出来るだけ顔を向けないようにそこから出て、校舎内のトイレに走った。
軟弱自分も後悔も、トイレに全部、流してしまいたかった。

(「赤也の馬鹿ー! せっかく真田が乗りかけてたのに!」)
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