「やーぎゅっ」
「やぁーぎゅっ」
期末テスト一週間前の放課後、私のクラス前の廊下で仁王君となまえさんが座り込んで話していた。私が下校しようと教室から出ると、二人が揃って名前を呼ぶ。
彼等は常に仲が良く、これと丸井君を合わせた三人で廊下に座り込んで話す姿がよく目に付いた。それを見つけては注意するのが、私や真田君、時々柳君の仕事であった。テニス部部長である幸村君は、一緒になって話し込んだりで意外とルーズなのだ。
「二人とも、制服が汚れます。立ってください」
いつもと同じような口調で言うと、仁王君もいつものように「柳生はお堅いのう」と、まるで白いひげを生やしたおじいさんのように言って立ち上がった。彼の方言は何処のものとも分からない独特のものだが、それでいて嫌な気はしなかった。
「やぎゅ」
なまえさんは床に座り込んだまま、両手を私の方へと差し出して、笑っている。彼女の強請っているものは分かっていた。
「全く、しょうがないですね」
私は彼女の両手をとり、まるで親が子供にするようにして彼女を立たせた。それで満足なのか、彼女は再びニッコリと笑って私に言う。
「ありがと」
彼女は不思議な女性であった。容姿だけでは想像が付かないほど、性に対して貪欲で、気分屋であった。ここまで自分の容姿を欲望のために活用できる人間は居ないだろうと私が思うほど、彼女はそうであった。
「何処行くの?」
「部室ですよ」
仁王君となまえさんは部活に行くという私の後を着いて来る。
「鞄はどうしたんですか?」
「もう部室に置いてあるよ」
「柳生が遅いから、迎えに来てやったんじゃ」
意外だ。そんなことをしてもらったことなど一度も無かったので、少し驚いたが、彼等の事だ。何か裏があるに違いない。紳士を目指すものとして、人をむやみに疑うことは控えるべきだろうが、私も人間である。厄介事に巻き込まれる前にそれを避けるくらいの事はしたかった。
「ありがとうございます。でも珍しいですね、何かあったんですか」
「ふふふ」
両手で可愛らしく自らの口を隠す彼女は可愛らしかった。その可愛らしさに騙されて、彼女に惹かれてしまう哀れな男も多いはずだ。
「やぎゅーのジャージ、借りちゃったの」
「はい?」
なまえさんが、私を見上げるようにして言う。
「うん。オナニーしたくって、借りちゃった」
「おっ」
くすくす、そういつもと同じように笑う彼女。先ほどその口から出た言葉は、本当に貴方が発したものなのですか、そうにちがいない。なまえさんの声を私が聞き間違えるはずは無いのだから。
「きっとね、すっごく気持ち良いと思う」
眩暈がした。こんな卑猥な会話に首を突っ込んだことも無ければ、遭遇したことも無かった。さすがに私だって一人間、そして一人の男である。そういう事柄に興味が無いわけではない。ただ、そんな風に、ストレートに言われると。
「やぎゅ?」
「っ、なまえさ、なまえさんっ! 貴方は女性なのですから、も、もう少し慎みを持ってください!」
そう注意して言ってみるものの、なまえさんと目を合わせる事など出来るわけも無く。若干下を向きながら、眼鏡を持ち上げた。
「やぎゅー……」
なまえさんの声が聞こえる。覗き込むようにして、横から私を凝視していた。けれども彼女と今目を合わせることは出来そうに無かった。なぜなら、
「やーぎゅ、顔、真っ赤じゃけぇ」