キャーという黄色い声が、校庭に響いた。なんだなんだとコートからそちらをのぞいてみれば、まぶしい銀髪の、立海大付属高校の制服を着た男の子姿がある。私は彼を知っている。

「やばい、仁王雅治だって!」

同じテニス部の友達が、興奮したように話す。へぇ、あれが。立海大付属のテニス部は、いろいろな意味で人気のあるチームであった。キャーキャー言う声を遠くに聞いて、私はボールを手に取った。きっと彼女を迎えに来たんだろう。うちは女子高だし、結構可愛い子が多いと有名だった。

「しかもなまえ! あんた呼ばれてる!」

え。





まぶしい銀髪に惹かれた。

夏の小さな大会中だった。テニス部所属の私は、役目を果たすために右へ左へコートをかけずり回っていて、その最中、派手に頭から地面にスライディングしたらしい。一瞬飛んだ意識。しかし私はめげなかった。再び立ち上がって、また走る。結局、勝利。チームも優勝を収めた。試合に勝ってベンチに戻る、笑顔の私に、チームメイトは顔を真っ青にして私の右ひざを指差した。

「うわあ、」

真っ赤になった右足。どうやら先ほどのスライディングが影響している……よね?すでに垂れた血は固まりかけていて、私は大きくため息をついた。




「痛い」

チームメイトが閉会式で表彰されている中、顧問にOKをもらった私は、コートから少し離れた水道で足を洗っていた。試合中は気付かなかった足の痛みが、徐々に増していく。預かった大きな絆創膏と、氷と水の入ったアイシング。この暑さでやられる前に使わなければ。

「……」

スコートも気にせずにしゃがみこむ。絆創膏をどうにか張って、アイシングを当てる。傷も酷かったが、それ以上に腫れがひどい。明日は医者に行こう。

「あ、れ」

ため息とともに顔を上げると、使っていないCコートの客席に人影が見えた。どうやらベンチに寝転んでいるらしい。私がその人から目が離せなかったのは、綺麗な銀髪が夏の日差しを浴びて光っていたからだった。

「きれー……あっ」

落ちた。ベンチから。その人は私の視界から消え、床に落ちてしまったのだ。すぐに起き上がるのかと思いきや、しばらくたってもそんな雰囲気は微塵もない。
私の頭を暑い日差しが刺す。午後になった今も、その勢いは収まることを知らなかった。じわり、嫌な汗が伝う。この糞熱い中、あの人はジャージを着ていなかっただろうか?そしてこの時間、しばらくあの場所で寝ていたのだとすれば、日を遮るものが無い中、平気でいられるわけはなかった。

「……っ」

私は気付いた時には立ち上がって、消えた人影を追うようにCコートへ向かった。


「だ、大丈夫ですか」

私の察し通り、一人の男の子がベンチの下でぐったりと横になっていた。体を揺すってみても、起きる気配はない。顔が真っ青だった。
とりあえず、自分の膝にアイシングを彼の後ろ首に当て変えた。そして、彼のジャージを脱がすと、それを枕の代わりにするように畳んで頭の下に置いてやる。持っていたハンドタオルは、日よけ代わりにと彼の頭に掛けてやった。

「どうしよ……」

私の力では、彼を運ぶことはできない。持ってきたバックの中に、使えそうなものはそれ以上入っていない。

「だれか、いないかな」

きょろきょろと周りを見渡すと、少し遠くの方、彼のものと同じユニホームを着た人の姿がかろうじて私の眼に映った。どうやら背格好から男の人らしい。あの人なら、日陰まで運べるかも……

「あの、私ちょっと人呼んできますね。もし起きれるようなら、これ、飲んでください」

自前の水筒に入ったアクエリを、彼の右横に置いた。もしかしたら話す気力ないだけかもだし。私は急いで立ち上がると、目的の場所へと駆けだした。


しかし、だ。

戻ってくると、彼はすでにそこには居なかった。
彼は、彼のジャージと私の水筒、アイシングとともにそこから忽然と姿を消していた。一緒に来てもらった彼は、「大丈夫ですよ、あなたを疑ったりはしません。彼の性格は分かっていますから。きっと自分で起きれたので、移動するか、帰宅するかしたんでしょう」と私に言ってくれた。紳士的だ。そして私をチームメイトの元まで送り届けてくれたのだ。




ここまでが私の回想である。まさか、あの時の水筒でも返してくれるというのだろうか。けれど、なんで私の名前まで知っているんだろう。ユニホームで高校までは分かっても、名前はわからないはず、なのに。

「みょうじなまえ、いるか」

今度はテニスコート内で、黄色い声が起こる。仁王雅治、である。実力もさることながら、その容姿にも熱い視線が向けられる立海大の、部長に次ぐ人気がある。私は声を上げることもできなかった。
しばらくコートを見渡していた彼は、私と目を合わすとずんずんとコート内を突っ切って、私の元までやってきた。その間約20秒、私にとっては短すぎた。

「この前はすまんかったな」

コート内は静まり返っていて、すごい量の視線が仁王雅治と私に向けられていることが、すぐにわかった。

「い、いえ別に」
「ほれ、これタオルと水筒」
「あ、ど、どうも」

手渡された紙袋の中に、それらが入っているようだった。硬直して、顔が、見れない。

「あとな」
「は、い」
「好きじゃ」
「はぁ……あ!?」
「じゃけん、付きおうてほしい」
「や、あの」
「嫌か」

長身の彼は少しかがんで私の顔を覗き込む。眩しい、銀髪が眩しい。

「い、あ、の」
「嫌か?」

再度問われる。キラキラ、キラキラ光る、銀髪。直接目を合わせていないのに、頭がぐらぐらする。

「え、えと、そ、の....っ」

ぐにゃりと歪んだ視界。あれ、と思った時にはもう遅かった。そういえば私、今日、休憩、してない、飲み物、飲んでない、暑い。


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