梅雨の、ある土曜日のことだった。
昨日降った雨のせいで、校庭にはぽつぽつと水たまりができている。四天宝寺男子テニス部は、練習に集まったはいいがまた曇って灰色になってきた空を心配して、一度部室で休憩をとっていた。

「今日は午後から雨やから自主練にするで〜」

ガチャリ、そんな風に部室の扉を開ながら話す顧問。自主練とは実質解散の意味である。もっぱら、そんな時白石は、一人残って筋トレをしたり他の部員と遊びに行ったりしていた。しかし今日はなぜかそんな気にはなれず、帰っていく部員にひらひらと手を振りながら、じっと校庭を見つめていた。

「あ」



いつの間にか、気付かれないようにそっと降っていた雨の中、彼女は校庭に座り込んで水たまりを見つめていた。

「……どないしたん」

彼女はばっと顔をあげて、目の前の白石を驚いた眼で見つめた。するとすぐにつまらなそうに視線を水たまりに戻す。白石は彼女の視線に合わせて自分もそこにしゃがみこんだ。

「白石くん、今日部活だったの?」
「おん。そっちは? 部活、やってへんかったんや無かったけ」
「やってないよ。今日は雨が降ったから来たの」
「雨?」

やはり彼女は少し不思議だった。もしかしたら、体を構成している部品が自分とは少し違うのかもしれないと、馬鹿なことを考えながら白石は彼女の顔をちらりと見た。

「水たまりができるでしょ、いっぱい」
「せやな」
「綺麗だって、言われたから」

木の枝を右手にとって、ぴちゃぴちゃと水たまりを叩く様な仕草を見せた。枝先が、先ほどから僅かな雨に打たれながら波紋を作っていた水面を掠めると、少しの水しぶきが飛び散り、雨と混ざっていく。なんとなく彼女の周りには、独特な、不思議な空気が漂っていて、それが雨の日特有の土の匂いと混ざりながら流れていた。

「上から見るとすっごく綺麗だって。反射して、水玉模様みたいだって」

上、それは空からの眺めのことだろうか。水たまりが模様に見えるくらい高いところから、校庭がはっきりと見えることなどあるのだろうか、白石はそんな風に疑問を抱くのだが、彼女の前では口に出さなかった、否、出せなかったのだ。彼女の考えを、消し去ってしまいそうな気がして。

「でもね、近くでみると汚いし、歪んでる」
「歪んでる?」
「うん。偽物だから、すごく、歪んでて……汚い」

それとともに彼女は立ち上がり、手に持っていた木の枝を遠くへ投げてしまった。回転しながら飛んでいく枝が、地面に落ちた瞬間、二つに折れる。

「自分、傘は?」
「持ってきてないの」
「じゃあ入れたるよ。一緒に帰らへん?」
「うん、一緒に帰る」

二人は部室に立ち寄り、白石の荷物とビニール傘をとって学校を出た。二人で一つの傘に入っているというのに、圧迫感は無かった。

(まるでそこが二人だけの空間であるかのような錯覚。目の前を落ちていく雨粒がやけにゆっくりと見えて、目の前で光りながら消えていくのがもったいなかった。彼女は時々左手を傘から出して、雨粒を集めるように手を濡らしていた。それはまるで星屑を集めているようで、どんな光り輝く石たちよりも綺麗だったのだ)

しばらく歩くと、彼女は駅の前で立ち止まり、ホームを指差しす。私電車なの、そんな風に言って、さよならを言う前に走って去っていく。しかし、彼女が傘を出て行くときに行った「ありがとう」だけははっきり聞こえて、白石の頭の中を、体中を何度もこだまして消えていくのだった。


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