暖かい春の日差しが、空気の温度を変えていくのが分かる。進級してすぐの国語の授業。白石はふと隣の席に目をやった。
からっぽの机に、なんだか奇妙な緑色の生物を象ったマスコットをぶら下げた鞄が無造作に置いてある。それは確かに彼女が登校している証であった。白石は、それを見てふと笑った。今日こそは、と決めていたのだ。

「はい、じゃあ今日はここまで」

標準語を話す国語教師が、チャイムと同時に教室を出て行った。だんだんざわめき始める教室。その数秒後に、後ろのドアが遠慮がちに開いた。三センチほどだろうか、その僅かな隙間から、きょろきょろと室内を見渡して彼女は帰ってきた。
白石の隣に腰掛ける少女に視線を送ってみる。

「おはよう!」

それに気づいた彼女は一度笑ってそう言う。白石はいつもこうだった。

「おはようさん……て、もう3時間目やで」
「あ、こんにちは?」

疑問形な返事に、白石も笑った。彼女はとても綺麗な標準語を話す。白石はそれが心地よくてたまらなかった。自分とは違ったその言葉の響き、先ほどの国語教師にはないような柔らかさが好きだった。

「また屋上行っとったん?」
「うん」

昨日の数学の時間もそうだった。彼女にはこうしたサボり癖があるらしい。

「何しとるん、一人で」

鞄を机の横に掛けながら、彼女は白石をじっと見つめた。大きな瞳が真正面から白石を捕える。白石は自分が毛糸で包まれているような、そんな気がした。

「夢を見てるの」

また笑った。不思議だ。先ほどまでの感覚が、流れ出る水のように消えていく。

「寝とるん?」
「違うよ、夢を見てるの」

じわり、今度はその水が足元を濡らすように、浸透するように体に入ってくる感覚。彼女に興味が湧いた、いや、元々興味があった。昨日の、どこいってたの、屋上だよ、のやり取りの後から。

「白石君?」

彼女には人とは違う雰囲気があった。あの女の子独特の、柔らかいものの他に、何かぐるぐると渦巻くような雰囲気が。白石は、それに捕えられてしまったのだと思った。だってもう、彼女の事を知りたくてたまらない。

「あんな」
「うん」
「俺も夢、見たいねん」
「ふふ」

彼女の口元が綺麗に持ち上がる。まるで白石の言葉を予測していたかのように、その表情は笑顔に染まったのだ。

「じゃあ、一緒の夢を見ようか」

不思議だった。そんなことが出来るはず無いのに、彼女は当然の如く言ったのだ。立ち上がった彼女に手を引かれるまま、白石は教室を出て、階段を上がった。足取りは軽い。ぐらぐら揺らいでいく世界の中で、彼女の手が導く場所に間違いは無い。随分長い階段を上ると古びたドアだけが目に入った。そこに手を伸ばすのは彼女の左手。右手は俺と繋いだままだ。

眩しい光に目が眩む。
そこは、小宇宙だった。

(星が生まれ、宇宙を巡っていくのを二人で見た。彼女は始終笑顔で、まるで懐かしむよう。そして輝く星を一つ手に取り、口に含んだ。白石の口にも同じものが放り込まれて、一瞬でそれは解けてなくなった。地球は見えない。もっとずっと遠くに来たようだった。不安で足元が竦むのを、彼女の右手を強く掴むことで紛らわせた。)

きっと夢を見ているのだろうと、そう、確信した。







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