「じゅいち、」
「なんだ」
福富寿一は真面目で真面目、真面目にちょっと天然の入った男である。ロードに必要のないことなんて、なにも知りません、なんて彼の顔が、今、私の顔の近く、少し上を向いたら当たってしまうんじゃないか、という距離にある。
「じゅい、」
心臓の音が大きい、煩い。寿一の胸が、私の視界を覆っている。ほんのりと感じる汗の匂い、頭がくらくらする。聞こえるのは寿一のかすかな呼吸の音。視覚も聴覚も嗅覚も、五感が次々と寿一でいっぱいになる。
「お前が、悪いんだぞ」
心当たりがなくて、反射的に顔を上げた。寿一のまっすぐな視線が、私を貫く。心臓の動きが速度を上げる。じわっと身体中が熱くなり、苦しい。これは、罰なのか。心臓まで、寿一に支配されているみたいだった。
「お前が、全部」
近づいてきた唇が、そのまま私の唇に触れた。触覚まで奪われた私は、もう寿一から助かる術を知らない。
「…好きだ」
唇が離れていった。思いがけない言葉に寿一から目が離せない。緊張でキュッとキツく口を噤むと、私は感覚すべてを寿一に奪われ、
「…わたし、も」
抗う術は、なかったのである。