「なぁなぁ、お姉ちゃんはリンちゃんなんやろ?」

部屋に鍵をかけるのを忘れていた。これからが勝負やったんに、クソ。
のん気に俺の下に組み敷かれたみょうじに話し掛けている兄ちゃん夫婦の子供・洸に殺意が湧いた。

「なんやねんお前、はよ出てけ」
「えぇーだってオカンもオトンもどっかいっちゃってんもん」
「はぁ?」
「おなかすいたあーひかー!」

なんやねんホンマ。兄ちゃん達は何子供ほっぽって出かけとんねん。
ゆっくりとみょうじの上から体を退かし、たしかカップ麺がニ三個あったっけなぁと思い出す。俺に釣られるようにみょうじも起き上がった。

「あー……カップヌードル食えたっけ、お前」
「えー!俺あれ嫌いやわぁ」
「文句言うな」

「ちょっと」

俺が洸の手を引いて部屋を出て行こうとすると、後ろからシャツを掴まれた。思い切り仰け反った俺の体。気づいて後ろを向けば、みょうじが真剣な顔でこちらを見ている。怒っとるんか?

「そないな小さい子に、嫌いなもん……カップ麺なんて食べさせる気なん?」

なんだか冷ややかなトーンに寒気を感じた。いつもとは雰囲気が違うからだろうか、知らない奴を見ているようだった。

「せやけど……俺料理出来んし」
「……じゃあ私がやる」

すっと立ち上がって俺の代わりに洸の手を引くみょうじ。二人は俺の部屋から出て行った。「なにが食べたい?」「ホットケーキ!」そんな会話が階段の下から聞こえてくる。そこで我に返って、俺も二人の後を追いかけた。




「……ホットケーキってホットケーキミックスっちゅう粉ないと出来ひんやなかったけか」

目の前に置かれたきれいな焼き色のホットケーキに、俺と洸は釘付けになった。やわらかい匂いが唾液を誘う。

「小麦粉とか勝手に使ったから」

みょうじは淡々と言って、貸してやった姉貴のエプロンを取った。エプロンの下はリンの衣装のままで、なんか萌えた。

「おいしそうやんなぁ、ひかぁ!!」

にっこり笑って言う洸に、そうやなぁ、と軽く答えて、用意されたフォークを持つ。一足先に洸のいただきますが聞こえて、それにみょうじが、どーぞ、と返すのが分かった。台所もすっかり片付いていて、心なしか何時もよりきれいな気がした。

「オカンのよりもおいしいで!!これ!!」

ホットケーキを頬張りながら洸は言った。俺も釣られて一口食べた。

「……フツーにうまい」
「フッ私をなめたらアカンで?財前」

自慢げに言うみょうじはいつも俺に悪態をついてくるみょうじそのものだった。だがこのホットケーキといい、女らしい部分をきちんと持っている気がした。

「なぁなぁ、お姉ちゃんはひかのリンちゃんなん?」

テーブルに座ったみょうじに、ホットケーキの欠片を口に付けたまま言う洸。俺はその口をふきんで拭ってやる。ちょっと反応が気になって、ちらりとみょうじに視線を移した。

「ごめんなぁ、私はリンちゃんでもこいつのモンでもないねん」
「そうなん?」
「おん。だけど可愛いなぁ、兄弟なんにぜんぜん似てへんわ」

「兄弟ちゃうで」

洸の頭を撫でるみょうじに、つい口を出してしまった。「え?」とアホ面なみょうじは膝の上に洸を乗っけてあやしていた。

「兄ちゃんの子供やねん」
「あ〜……通りで似てない……」
「でもなぁ、俺ひかに似てるってよお言われるで!!」

バタバタと足を振る洸。どうやらうちには女が少ないから、喜んでいるらしい。けれどそれが少し癇に障った。後で冷静に考えてみればおかしなことなのだが、なにか小さな石ころが、俺の中に突如現れて転がって行ったのだ。

「あ、そうや。お名前は?」
「財前洸いうねん!」
「洸くんかぁ。名前もかわええー」

「おいこらクソガキ」

取り残されたような感じが許せなかった。なんだか我慢できなくなって、二人の会話に割ってはいる。洸をギロリと睨みつけて、俺は続けた。

「そいつはなぁ、俺の初音ミクやねん。べたべたすんなや」

みょうじと洸が目を丸くしてこっちを見ている。勢いで言ってしまって、心臓の鼓動が緩く速度を上げた。

「ええ!お姉ちゃんはミクちゃんなん!?」
「どっちもちゃうわ!!」

お前は俺の初音ミク(三次元)やろ!!(もう俺が決めた)


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