どうしてこうなったとはよく言うものである。
「……これは?」
学校も無い、朝寝坊も出来るしずうっとパジャマでいても困らない、もちろん髪だってきちんと梳かさなくても全然問題なし。今日はそんな土曜日のはず、だった。
「リンのコスプレ衣装」
イン財前家。
両手でそれを私の手に乗せた財前は嫌なほど笑顔であった。ああ、私にはこれを着る道しか残されていないのでしょうか。そんな嘆きも虚しく、着たら呼んでや、と財前は部屋を出て行った。
ほんの30分前、学校の校門前で財前と待ち合わせをして、私の家とは正反対の財前の家までやってきた。土曜に部活帰りの財前を待っているのはなんだか気まずかった。集合時間は12時で、財前が所属する、校内でも有名なイケメンテニス部の部活動終了時間だったからだ。多分テニス部の練習を見学していただろう四天の制服を着た女子生徒や、他校の制服を着た女の子がぞろぞろと校門から出てくる。その中には有名女子中の制服もあった。その子たち数名は校門にとどまって、いわいる"出待ち"をしているようで。中学の部活動の分際で出待ちの女の子がこんなにおるなんて……とちょっと驚いてしまったのは言うまでもない。
ふと、その女の子達の黄色い声が耳に入ってきた。
「白石君、これ食べて!」
「はい、タオル!」
あ、あの人知っとる。学校内でも彼氏にしたい男不動のナンバーワン、白石蔵ノ介先輩だ。愛想笑いだけでもあんなにカッコイイなんて、ずるい。でもそんな白石先輩も、性格は崩壊的なんだろうか。財前の例が頭に過ぎったのだ。いくら格好良くても、意地が悪くてオタクで変態だったら、ねぇ?全く財前が残念でしょうがない。
「あ、財前君!」
肩が揺れた。奴だ。
溜まる女の子に愛想笑いも見せず、ずんずんと校門から出てくる財前。ちょっとは白石先輩や、あっちの方で囲まれている金髪の先輩等を見習ったらどうだ。
そんなことを思っていれば、こちらを向いた財前の視線が私を捉える。すると迷うような仕草も見せず、奴は私に直進してきたのだ。
「みょうじ」
一歩後ずさってしまう。だって奴の後ろから注がれる女の子達の視線が、とんでもなく痛い。
「ごめんな、待たせてしもうて」
「はっ!?」
いつもならありえない猫なで声で言う財前に、若干の寒気を感じたすぐ後。財前の左手が私の右手を取った。その感触に驚く前に私の指と財前の指がするりと絡められて、勢い良く視線を奴に向ければ、意地悪気な笑みが目に入った。
「あれ、財前君の彼女……?」
「え〜! ありえへん、聞いてへんわ。彼女おるなんて!」
私彼女ちゃうんです、羨ましいならどうぞ、引き取ってくださいコイツごと。そんな脳内の叫びは空気に溶けていった。手は繋いだものの、財前は一向に歩こうとしない。
にやにやにや、こいつホンマむかつくわ。ミンチにして虎に食わせたろか。でもな、私がこんなもんで怯む女と思うなや!
「……ええの。光テニス頑張ってるん知ってるし」
満面の愛想笑いである。そこで強く手を握り返し、引っ張ってやれば、今度は財前の驚いた顔が見えた。ざまあ!!
「光ん家行くんやろ?」
まるで本物の恋人同士みたいな雰囲気を醸し出す。すると財前もそのテンションに乗ってきて、私を若干引っ張るように歩き始める。後ろからは相変わらず知らない女の子達の声が聞こえていたが、もう知らん。
「……アンタ明日から私がいじめられたらどうしてくれるん」
「そん時は責任取ったるから心配すんなや」
そう意地悪そうに言った財前の顔を、私は忘れない。きっと一生。
そして今に至るわけだが、私はどうも、この財前の好んでいるぼーかろいど(アップリケ部の友達に詳細を聞いた)が良く分からない。とりあえず歌うロボットらしいのだが、財前の部屋にそれらしいものは見当たらない。……ん?
「これは……」
正真正銘、私がこの間、財前に見られた時に着ていたコスプレ衣装である。髪の長い、かわいい女の子がポーズを取っている。所謂フィギュアである。はじめて見た、本物。それにしたってかわいい、なんだこれ、きゅんきゅんする。
「終わった?」
「……おん」
財前だ。もちろんここは財前の家の財前の部屋なので当たり前の事なのだが、返事をする前にドアを開けるのはどうかと思う。しかも部屋で女の子が着替えているときに。私のもうすっかり着替え終わっていて、白いノースリーブのセーラー服に大きな黄色いリボン、下は黒いショートパンツ。足には黒いレッグウォーマー、手にもお揃いのそれを身に着けていた。この間と違うのは、なんだか眩しい色のカツラがないだけ。
ホンマ財前て、ちょっとかっこええだけで性格悪いしなんでもないやん。なんでこんなんがモテるんかわからんわ、世の中おかしいで。
「ああ!?」
「ええ!?」
じっと私の体を見ていた(なんだか気持ちの悪いほどに)財前は突然声を上げた。すると、部屋の中心のローテーブルの上に置かれた大きなリボンを手に取った。
「これ忘れとる!」
ガキか。そう呆れながらも私はそれを手に取り頭に乗せる。カチューシャのようになっているのでつけるのは簡単だった。
「これでええん?」
「ちゃう」
「ええ、じゃあこれ?」
「ちゃう」
「……わけわからんしもう」
なんだか私のつけ方と、財前の思い描いている"リン"とは違うようだ。財前がこちらへ寄ってきて、私の正面に立った。なんだか近すぎて眩暈がしそうである。財前は私の頭の上で作業をしたあと、またなんだか納得いかないような顔をした。そのまま急に肩に手を置く。ノースリーブで露出した肌に直接財前の手の体温を感じて、驚いた。力を入れられて私はベットへ座らされる。そうしてまたリボンを直し始めた。
な、なんや、ちょっとドキドキしてもうた!
「出来た」
完成したらしい。すぐに財前に立たされて、二三歩後ろからじっと全身を見られる。これホンマ恥ずかしいんやで!
「カツラとカラコンないけど……完璧やな」
「はぁ」
ありがとうございます、でも全然嬉しくありません。
「ていうかさ」
「おん」
「コスプレってもっとこう……化粧とかするんやろ?私めっちゃ中途半端やし、こんなんでええわけ?」
すると財前は携帯で写メを撮り始める。これも約束だから仕方ない。屈辱的!!
「別に。リンは化粧してへんもん。化粧濃いの苦手やし。まぁカラコンとかカツラとか、その辺はあったほうが断然萌えるわな。あーでも日本人は駄目やな、やっぱ睫とか眉毛とか黒やし。なんか黄色のカツラつけると可笑しいねん」
だからそこは妥協したのだと、そう財前は言った。じゃあ外国へ行け!私にやらせんな!
「へぇー……」
「まぁ、」
財前が一歩、また一歩近づく。
「みょうじはスッピンでも十分イケるし、俺的に満足や」
「はっ!褒めてるつもりかいな、そんなんでなぁ私が…………ぎゃあ!!」
視界が回転する。財前に肩を思い切り押されたのだ。同時に壁に頭をぶつけそうになる。なにしよんねん!そんな抗議をしようと財前の顔を捜せば、なんと奴は私の上に覆いかぶさっていた。肩を掴まれて、その体温にちょっとだけドキドキしている。
「な、なにしよんねん、退けや」
「なぁ、俺の彼女にならへん?」
「……はぁ?悪い冗談よしなや、ホンマありえへん」
ほらね、こう、よくあるやん少女マンガで。カッコイイ男の子に迫られて、告白されるパターン。普通の女の子だったらここで顔を真っ赤にしながら小さく頷くはずだ。だけど、私は財前の捻じ曲がった性格や、オタク趣味を知っている。しかもここで言う彼女は"財前のためにコスプレをしてくれる女"の事だ。そんなのになってたまるかこんのドアホウ!
「なんでやねん、俺カッコええやん。自慢になるやろ」
「でも性格最悪やんけ、こっちを自覚しろや」
「それも自覚済みやけどな。……ま、どうしても駄目言うんなら」
ぐいと顔を近づけられて怯んだ。肩を掴まれていると脱出するのがどしても困難になる。それに……やっぱ財前イケメンやねんもん……!!
「既成事実、つくるまでやんなぁ?」
話がぶっ飛びすぎてませんか?そそそそ、それってあれやんな、あ、あの、せ、セックスするっちゅー話か!?やっぱりそうなんか!?
財前の手に首を撫でられて、まだ中学二年生、処女な私は硬直してしまった。まだキスもしたことないんに!!ヒイイ!!
私の貞操大ピンチ!そんな時だった。
「ああ!リンちゃんや!リンちゃんがおる!!」
とりあえずお礼を言おうじゃないか。ドアの開く音と同時に高くて可愛らしい声が響いた。そちらに視線をやると、なんとも可愛らしい(そして何故か財前に似ている)男の子の姿。きゃっきゃと喜ぶ彼を見て、財前はため息をついた。あれ、私助かったん……?
「なぁなぁ、おねえちゃん、リンちゃんやろ?」
誰がリンちゃんやねん、ちゃうわ!!(決して口には出さなかったけれど)
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