窓から光が差し込む。のんきな鳥の声がうっとおしかった。

土曜日の朝。部活があるのでいつも7時起きで、低血圧おまけに低体温の俺には辛いものがあった。いつもなら。
目の前の枕にぐりぐり顔を押し付ける。しばらくして左手を伸ばし、辺りを探った。少しひんやりとしているお目当てのものに触れると、それをゆっくりと引き寄せて顔をあげた。軽く横のボタンを押せば勢い良く開いた携帯電話。画面には、俺の大好きな初音ミク(三次元バージョン)が。

「ふ」

にやけた。いつもだったらめんどうで遅刻上等な土曜日の練習も、これを見たら頑張れる気がした。実際、先週は頑張れた。こんな俺は前代未聞、まさに超常現象でも起こってしまうのではないかと先輩達に引かれた位。
そう、あの日から俺はおかしくなってしまったのだ。アップリケ部のドアを開いたその日から。

みょうじなまえの扮した初音ミクは、完璧なまでの初音ミクだった。あの時すぐに抱きしめてそのまま攫ってしまいたい程に。ただその感情を無理矢理押し込んで、咄嗟にポケットから携帯を取り出し写真を撮った俺はかなり理性的。さすが俺。
その後、俺は速攻で部屋を出て家路を急いだ。すぐに音楽ソフト・初音ミクを取り出しパソコンに取り込んだのだった。

「行ってきます」

部活へ行く準備を終えて、きっちり髪型も整えて家を出た。iPodでミクの声を聞きながら歩く。ふともう一度、携帯電話を開いた。

「……」

ひどい変態である。それは自覚していた。
さぞ気持ち悪い笑みを浮かべているだろう自分。だけどそんなことはどうでも良かった。歩道橋を渡り、正門前までやってくると、後ろから慣れた声が聞こえた。

「あ、あれ財前ちゃうん?」
「ホンマや! おーい財前!」

左右両側から肩に手が置かれた。ちょっと高いところに白石部長と謙也くんの顔がある。

「なんや自分、えらく機嫌ええな」
「それ先週も言っとりましたよ、謙也くん」
「え、そうやったっけ?」

謙也くんは医者の息子なのにどこか抜けているところがある。従兄弟の侑士くんはスラッとして知的でカッコええのに。

「せやったなぁ。財前、なんかええことあったん?」

今度は部長だった。朝からぬるっとした声(女子はこれをエロカッコイイと呼ぶ)で聞いてくる。でもそれも嫌じゃなかった。

「部長」
「ん?なんや」
「今日の部活は早めに終わらせてください」
「なんでや?まあ時間通りには終わらせるつもりやけど、どっか行くんか」

「今日、好きな子が俺んち来るんですわ。だから用意しときたいねん」

ペースを変えずに歩いて行けば、ふと両肩の錘が消えたのが分かった。振り返ると、ちょっと後ろで部長と謙也くんがこっちを見ている。

「財前っ、お前好きな子ってそんなキャラちゃうやろお前!」
「なんでですか」
「お前はあれやろ、女の子から告白されて付き合って〜なタイプやろ! あああおかしいと思ってたんや先週から! あれが恋する少年Zからのサインやなんて気づくかどあほう!」

謙也さんは頭を抱えながらびーびー言っている。知らんがな。

「まさか財前からそんな言葉が出るとはなぁ……」

部長も驚いた様子だった。うるさい謙也くんとは違って冷静だったけれど。
そんな二人を見て俺はにやりと笑った。もちろん見下す意味も込めて。好きな子っちゅうか、クラスメイトに好きな子になってもらうんです、なんて説明してもあの二人にはわからないだろうから。

「ま、運命ってやつなんでしゃーないっすわ」

早く部活、終わらんかな。(まだ始まってもないけどな)


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