「おい」

月曜の放課後。まだ辺りは明るくて、部活に励む生徒たちの声が響いていた。

「おい」

私はそんな教室の中で、一人黙々と日誌とにらめっこしながらシャーペンを走らせる。……あ、一人じゃありませんでした。

「聞いとんのかコスプレ女」
「ちゃうし」

嫌なのと一緒です。彼の名前は財前光、昨日私の恥態を見やがった男です。

「じゃあなんや、これは」
「ぎゃあ!!」

パカリ、そう音をたてて開いたこの男の携帯。そこには、今日の日付に今の時間、そして初音ミクのコスプレのままアホみたいな顔をしている私がいた。なに待ち受けにしてんねんこいつ!!

「ふざけんなや!!」

シャーペンを乱暴に手放して、財前の携帯に飛びかかる。しかし簡単に避けられてしまって、手を伸ばしたまま奴をきつく睨んだ。

「おーおーおっかなー」

微塵もそう思っていないような棒読みで言ったあと、右手の携帯をまじまじと見始める財前。左手で頬杖をついたこいつは、確かに顔も整っていて、まあ、うん、ちょっとムカつくけどカッコイイ。クラスでも学年でも有名なのを納得できた。
あ、今ちょっと笑った。やっぱキモい。

「あー、この絶対領域は完璧や。肌も白いしウエストもたまらんわー」
「……」

これはどう考えてもセクハラではないでしょうか。ねっとりとした視線を自分の携帯の液晶に向ける財前は、ただの変態だった。ついさっき一度でもカッコイイなんて思ってしまった自分が悔しい。

「……消せや」
「何を」
「写真」
「いやや」
「消せや」
「いやや」
「消せっちゅーとるんがわからへんのか変態!!」

ついに机から立ち上がって叫んでしまった。本当に放課後でよかったと思う。誰かに聞かれていたら自爆同然だ。

「変態はお前やろ。学校でこんな格好しとるお前が悪いねん」
「だからちゃう言うとるやろ!」

そう、これは私の趣味では決して無い。ただ私はアップリケ部の友達が作っているコスプレのサイズ合わせを手伝っていただけなのだ。始め頼まれた時はもちろん断った。だけど、だけど!! その友達があまりにも熱心で、お、お菓子なんて作って持ってきてくれちゃうものだから、いつの間にか了承していて。だって、あんなに美味しいアップルパイには逆らえないもの!!

「じゃ、これ俺の友達に見せてもええよな?」
「は、」
「やってしょうがなくやってんねやろ。ほなええやん」
「あ、あかん!」

駄目に決まっている。だって、そんな話を皆が皆信じるなんてありえないし、もし変に写真が広まって、コスプレ女とか言われたら……!!

「まあこんな写真不特定多数見られるのは嫌やんなぁ。消してほしいよなぁ」
「……おん」
「誰にもこの事バラされたくあらへんよなぁ」
「……おん」
「俺が写真消して、あっちこっちにお前のコスプレの話すんのと、写真は消さんと、誰にも言わへんっちゅうの、どっちがええ?」

その財前の得意気な表情ときたら、嫌なものだった。なのに、ちょっと口元を上げただけの財前が、ものすごくカッコイイなんて思ってしまった私、しんでまえ。

「……後者で」

ああさようなら私の人生。私はとんでもない弱みを財前に握られてしまったようです。
世界の終わりみたいな顔をしている私を見て、財前はまたニヤリと笑った。最悪や、つか財前がこんなひねくれた性格しとるんも知らなかったわ。

「みょうじ、」
「何……いだっ」

立ったままの私の髪を、財前は思いきり引っ張りやがった。ガクンと視界が揺れて、座ったままの財前の顔のちかくまで私の顔が持っていかれる。耳元に財前の唇がさらに近づく。ち、ち、近い!!

「な、なん……」
「次はリンとルカもよろしゅうな」

誰や!!(きっと人は、私を阿呆と呼ぶのでしょう)



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