「あ」
「なんやー財前ぜんざいでも見つけたか?」

いつもの放課後の部活中、ふと、校舎に目をやった時だった。

「……」

みょうじが見えたのだ。奴もこちらを向いていた。古いが真っ白な壁をした校舎は、夕日をかろうじて反射していた。
みょうじ、そんな風に声に出そうになった瞬間だった。あいつが目をそらして走って行ったのは。

「……なんやねん」

見えなくなったみょうじに、なんだか言い表せないようなもどかしさを感じながらも練習に戻る。今日は一緒に帰る約束を取り付けてあった。
いつも嫌だと言いながらも校門で一人、俺を待っているみょうじの姿は必ずある。

そう、油断していた。



「あれーなまえちゃんもう帰り?」
「お、おん。ばいばい」

遠くの方で、そんな声がしたのだ。いつもの取り巻きの女子と、みょうじの会話。ばっちり聞こえていた。急いで振り返れば、小走りで駆けていくみょうじの後ろ姿がある。なんやねん、何先帰ろうとしとんのや、あの阿呆。

「謙也さん、俺ちょっと抜けるんで」
「おん!……っておい財前! どこいくねんお前!」

謙也さんのノリツッコミにも、構っている暇は微塵もなかった。なんで俺がおいてきぼり食らわなあかんのや! そんな怒りが込み上げて来て、ラケットを置き去りにして走りだした。

「おいっ何先帰っとん、……」

みょうじに追い付くのは容易なことだった。俺が後ろから追ってきていることにも気づかなかったみょうじは、肩を掴まれると驚いたようにこちらを振り向く。しかし俺も驚いた。なぜなら、みょうじの眼もとが不自然にぬれていたから。

「ざい、ぜん」
「……何泣いてんねん」

強く言うとみょうじは黙り込んでしまった。それどころか俺の手を退かすような仕草までして見せる。仕方が無いのでその邪魔な手をつかんだ。

「斎川か」
「……ちゃう」
「他の女子か?」
「……ちゃう」

首を振るみょうじは一向に俺と目を合わせようとしない。みょうじの顔が左右に揺れるたび、落ちてくる涙が悔しかった。

「じゃあ誰……」
「っ財前、のせいやんか……!」

俺のせい? 何がだ。俺が何をしたんだ、こいつに。
言われて冷静に考えてみたものの、答えは出ない。

「離して、や」
「いやや」
「離せや!」

離すわけなかった。このまま俺が悪者にされてしまうのも嫌だし、今手を離したら、こいつとはもう、一生口をきくことが無い気がした。
離したくなかったのだ。

「俺んこと、キモくなったんか」
「な、」
「俺より、斎川のが良くなったんか」
「ち、」

こんな不安になったことは、生まれてから一度もなかった。自然と力が籠る左手に、震えが一瞬走ったのがわかった。

「それでも、離さん」
「……」
「お前が誰かの彼女になるんは許さん。絶対にや」
「な、なんであんたがそんなこと決めるん!」
「俺はお前の弱み握っとるからや」
「そんなん、」

「弱み握った女好きんなったんやから、それ利用すんのは当たり前やろ!」

早口で捲し立てるように、ぐいと顔を近づけて言ってやった。目をでっかく開けたみょうじがこっちを見いる。涙は止まっていた。

「今すぐ別れろ」
「は」
「斎川と今すぐ別れろ」
「つ、付き合うてへんし!」
「嘘つけ、お前俺んこと無視したやろ」
「してへん! ちゅーかアンタも大岡さんと付き合うてるんやろ! 知ってんもん!」
「ああ? 付き合うてへんわドアホ」

至極めんどくさそうな顔をして答えれば、みょうじは今度は口を開けて俺を見た。

「嘘や、大岡さんかわええしスタイルもいいし、絶対あたしよりコスプレ似合うのに……」
「俺は"俺が"似合うと思う奴のコスプレしか見んし」
「だって、」
「俺が"好きな"奴以外にそんなことされてもうれしない」
「そんなん、」
「なんや」
「嘘やもん、そんなん……好きなアニメキャラの代わりなんて、嫌や……っ」

断片的な言葉しか出てこないかと思ったら、また赤く腫れてうさぎみたいになった目から涙を流すみょうじ。どうやら意外と泣き虫らしい。

「お前はミクちゃうやろ」
「当たり前や……っ」

そう言って涙をごしごし拭うみょうじに、決心した俺は左手の力を抜いた。その時のみょうじの顔に、なんだかこっちが泣きそうになった。支える力を失ったみょうじの右腕は、宙ぶらりんになって落ちた。

「好きや」

瞬間、俺はみょうじの肩を抱き寄せてぎゅっと両手を回していた。ぎゅうと力を入れてみれば、びくりと跳ねる体。

「大岡でもミクでも、他の奴でもない。お前がええ」
「ざい、ぜ」
「お前がええんや」

(状況をゆっくりと理解した私の体は、財前の腕の力が強まるのを感じながら首をゆっくり縦に振り、唇を小さく開けて、小さく小さくつぶやいたのだ)

「私も、財前が、ええ……っ」


この場合、キューピットはミクってことになるんやろか(少し、青緑色の髪をしたあの子に感謝した)

end











初/音/ミ/ク「みっくみ……ひっかひかにしてあげる!」


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -