「みょうじさん」
「んん?」
放課後、急に背後から呼ぶ声がして振り返れば、見たことのある男子生徒の姿があった。彼のことは知っている、バスケ部の、よく女の子から黄色い声援をもらっているようなイケメンである。
「えっと、斎川くん」
「おん。あんなぁ、ちょお話あるんやけど、来てくれへん?」
どきんとした。この展開は、よく少女漫画に出てくるあの、あのシーンである。こんなイケメンに呼び出されて、期待をしない女の子はいないと思った。しかし、しかしだ。私にもまったく、まったくもってなぜだかわからないが、財前の顔が、ちらりと浮かんだ。
なんであんな奴、今思い出さなあかんねん。
「お、おん」
「ほな、行こ」
軽く笑顔を浮かべた斎川君の後を、私は律義について行った。時々私の歩調に合わせてくれるようなその行為、紳士的だと思った。この顔で、スポーツも出来て女の子に優しいなんて、モテないはずがない。彼を取り巻く黄色い声援の意味が、なんとなくわかる気がした。
だけど、なぜ彼と同じ声援が、あの糞醜い性格の、顔だけで生きているような財前にも向けられているのかまったくもってわからない。斎川君と過ごした時間よりもずっと多く近くにいたはずなのに、理由は全然わからなかった。
彼に付いてきて到着したのは体育館裏だった。テニスコートがよく見える。その中に、奴の姿を見つけた。
「好きなんや、みょうじさんのこと」
「へ、え!」
あかん、変なとこから声出た。
予想はしていたことだが、実際にこう、目の前で言われてみると緊張する。整った斎川君の顔、彼が見ているのは紛れもない私であるのに、私は目を反らすふりをして、テニスコートに目をやってしまう。
「俺と、付きおうてほしい」
彼のその言葉を聞いた時も、私が見ていたのはテニスコートだった。
「(あ、)」
財前と、目があった気がした。
「ま、返事は後でもええよ。あんま話したことない奴にいきなり言われても迷惑やろし」
私はあわてて斎川君に視線を移した。彼ははにかむ様ににこりと笑って、こんなとこまで連れてきてごめんな、と一言言うと、私の横をすっと歩いていく。
「返事、待っとるから」
その声に急いで振り向くと、彼の姿はもうそこにはなかった。しかし、テニスコートを正面にして見えたそこからの景色の中、はっきりとこちらを見ている財前がいた。
「ざい、ぜん」
距離はかなり離れているはずだったが、財前の、少し、眉を落とした顔がすぐに目に焼きついた。
「あんたも私に彼氏出来たら、他にコスプレしてくれる彼女探さんとあかんなぁ」
ぴたりと隣を歩いていた財前の足が止まった。夜、今日はたまたま、財前の部活と私の例の"割のいいバイト"の終了時刻がかぶってしまったのだ。校門で私を見つけた財前は、先輩の誘いも断って「俺、こいつ送らなあかんので」とかなんとか言って勝手についてきたのだ。
「なんやねん、急に止まんなや……ま、あんたが頼めば大概の女の子は言うこと聞いてくれそ……っ」
歩こうとしない財前に、置いていくと言わんばかりに背中を向けると、急に右手が、ガクンと背後に引っ張られた。
「……ちゃうんか」
「は?」
「お前は、俺のもんちゃうんか」
違う、私はあんたのものなんかじゃない。そう思う気持ちが不思議と溶けていったのは、財前の真剣な視線が私のすべてを捕えたからだった。
「あいつのもん、なんか」
「あ、あいつ?」
「……斎川、」
「なんでそこで斎川くんやねん、ちゃうわ」
財前の左手は、私の右手を掴んだまま離れなかった。暗闇で良く見えない、けれど真剣な財前の目。そのせいで不覚にも、いつもにも増してかっこよく見えてしまうのだ。
「告白、されとった」
どきんとした。
「ほ、保留や保留! 斎川くんと話したの数えるくらいやし。そんなすぐに返事なんか出せへんの!」
早口で出てきた言葉に、息切れしそうな私を見た財前は、口元だけで笑った。そのまま腕を放してずんずんと前へ歩いて行った財前を、混乱しつつも小走りで追っていく。
「嫉妬かいな!」
「ちゃうわど阿呆」
憎まれ口をたたき叩かれながら、結局今日も自宅まで無事に送り届けてもらってしまった。
あの時、するりと掴まれていた腕への力が抜けて、なんだか残念に思ったの内緒でる。
なんやねん、"俺のもん"て(聞き間違いとか、違うよな)
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