「ざいぜーん」
間延びした声は俺のものでもなければ、いつもつるんでいる友人のものでもなかった。イヤホンを外して顔を上げれば、俺の前の席を陣取る、見知らぬ顔。
「誰やっけ」
「くっさすが財前、クールやな……っ」
茶色に染まった髪、そして片手に持ったシューズ。運動部らしい。
「俺隣のクラスの斎川。バスケ部二年エース!」
聞いたことはある。なんかと俺の並んで話題になる奴だった。しかし俺自身、こんなさわやかスポーツ少年に興味はない。
「ちょお財前に聞きたいことあってな」
「……おん」
「自分、みょうじさんと付きおうとるん?」
あぁ、そういうことか。
「ちゃうけど」
俺のその一言に、"斎川"の表情が若干明るくなったのを、俺は見逃さなかった。
「ほんまか! なんや心配して損したわ〜」
ま、あいつは俺のミクや。お前なんぞにはやらん。俺と斎川比べたって俺のが数倍カッコええ。相手にならんわ。
そう思った。安心した顔で、おおきにな〜と手を振りながら出ていく斎川を若干見下すように。
その放課後、いつものように部活に励む俺に謙也さんと部長が声をかける。何やらやたらと楽しそうな顔で、コートから見える体育館裏を指差した。
「あれ、お前の"好きなやつ"ちゃうん」
「はぁ?」
何が"好きなやつ"やねん。俺の好きなやつは二次元、画面の中での生きている架空の女の子なのだ。そいつがこんなとこにいる訳がないだろう。謙也さんの指さす方、少し目を凝らして見てみると、あいつの姿があった。
「……」
心臓を握りつぶされたような、そんな痛みが走った。"斎川"、だ。
「男連れやん! 財前お前やばいんちゃう?」
「お、まぁまぁええ男やんか。ま、俺には負けるな」
二人の茶化す声がうっすらと聞こえた。驚いた、みょうじと斎川が一緒にいることに、そして、自分が今、信じられないくらい動揺し、胸を痛めていることに。
みょうじの弱みは俺が握っている。だからあいつが俺の言うことを聞かないわけがないと、たかをくくっていた自分がとんでもなく恥ずかしかった。同時に腹が立った。理由は分からない。問いかけても、誰も答えてくれなかったのだ。
そのあとの部活は散々なものだった。みょうじと斎川が、あの場を去るまでちらちらと視線がそちらへ行ってしまうのを止められなかったのだ。あの動揺ともどかしさと、どろどろと汚らしい液体が俺の半身から流れ出るような、そんな感覚が、止まらなかった。
この、訳のわからない緊張、そして締め付けられるあの感じ。黒い靄が、俺の体を包むようにして冷静さを奪ったのだ。
あかん、何にも手に付かん(ただの阿呆)
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