財前光という学生は、雨宿りついでに私にたくさんの話をさせた。“大嫌いな”雨や戦争の話、このお国の話、おかしくなった私の家族の話。すべてにおいて財前光は私の目を見て頷き、すべての話を聞いてくれた。途中、古書店の店主が古びた長椅子を一つ出してくださって、それに二人腰かけながら、雨が上がるのを待った。
財前光もたくさんの話を私に聞かせた。彼の特徴的な話し方、生まれ故郷のこと、今は飛行機を作るための勉強をしていること、初めて聞くような話ばかりで、夢中になった。
そうしているうちに雨は上がり、財前光と私は重い腰を上げた。
地面は雨水を吸って泥になってしまっている。下駄を泥に取られぬようにゆっくりと古書店の屋根から顔を出す。雲は晴れ、すっかりとお天道さまが顔を出していた。
「やっと晴れたなあ」
財前光のその声と同時に、古書店の屋根下から一歩踏み出す。先ほどまで冷たかった足先が嘘のように、お天道さまの光を吸収するのが分かった。
「そうですね」
まぶしそうに学生帽をかぶり直す財前光。
「送りますんで、帰りましょか」
「そんな、」
「せっかくのお着物、泥で裾が汚れたらもったいのうてたまらんわ」
強引に手を引かれ、転びそうになったところを財前光に受け止められた。
「あなた、言っていることとやっていることが違くってよ」
「そんなに怒らんといてくださいよ。ちゃあんとお着物汚さんよう、送りますから」
彼の意地の悪い笑顔に、私もつられて笑顔になる。差し出された手を握って、一緒に雨道に足を踏み出したのは、本当に偶然の出来事。
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