「戦争なんて嫌いよ」
大きい鏡の中には、不細工な顔をした私がいた。後ろには、私の黒髪を丁寧に結うキヨの姿があった。キヨは田舎から出稼ぎに来て、家で働く住み込み使用人の娘だった。歳は知らない。頬のそばかすが印象的な、素直で気のいい娘であった。
「なまえさん、いけませんよ」
私のこれはいつものことであった。最初こそキヨも戸惑ったものの、慣れてくると同じ返事ばかりしだした。「いけませんよ」と。しかし別に嫌ではない。私が小言を漏らしたところで、このお国は変わらないのだ。お国で生きるヒトにとって、お国のお役にたてる戦争は、拒んではならぬものなのだ。
「音はうるさいし、警報が鳴るとろくに外出も出来やしないわ。お父様も小言を言うようになったし、お母様は相変わらず絵ばかりかいていらっしゃるんだもの。全部、全部戦争のせいよ」
警報や飛行機の飛び立つ音を聞くと、決まってお父様は小言を漏らした。内容はわからないし、わかりたくもない。一方のお母様は狂ったように絵ばかり描いていた。実の弟を戦争で亡くしてからずっとそうだった。お兄様たちは放っておけと何度も私に言い聞かせた。
おかしいのだ、この家も、この国も。
「でも今日は、カヨさんのおうちに御呼ばれでしょう」
キヨが思い出したように言った。
「……カヨさんは、いいわ。あの人、お見合い結婚するのよ。写真を見せてもらったら、お顔の素晴らしく整った方だったわ。その場で写真に口づけて見せたの」
「へぇ」
「今日もまた自慢話されるに決まってるわ」
また、屈みの中の私が不細工に歪んだ。髪を結い終わったキヨは、すっと私から離れていく。
「さ、そんなお顔はしないで下さいまし。今日はせっかくのお天気なんですから」
キヨに背中を押されるまま、私は家を出た。いってまいります、その声の小さいこと小さいこと。
どこかで人が死んでいるやも知れぬのに、空は真っ青であった。
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