昼食は、おにぎりを二つ買ってもらった。適当に選んだそれらを渡せば、マサは無言でレジに向かう。マサと歩いていると、女の視線をとてつもなく感じる。甘い香りを含んだ、恋に似たその視線の中、マサは振り返ることもせずに歩いて行く。一方、マサとすれ違った女たちは、何か思い出したように、もしくは視界に入ってきた突然の流れ星でも追いかけるように、髪を揺らして振り向くのだった。

人が多いという理由から、マサは車内での昼食を進めた。私ももちろんそれに同意。あんな視線の海の中じゃ、落ち着いて昼食を食べられそうにもなかった。

「……なんじゃ」

助手席で昼食のサンドイッチを頬張るマサを見つければ、人間の表情で振り向いた。綺麗、だった。男にこんな表現を使うのはおかしいかもしれない、しかし彼は、それをも普通のことだと思わせる。

「なんでも」



それからどんどん日は暮れて、周りは暗いカーテンを閉めていく。外の空気はより一層寒さを増して、私はワンピースの上からマサの買ってきてくれたカーディガンを羽織っていた。
寒く、そして暗くなっていく周りの空気とは裏腹に、私たちの通る道は、街頭のまぶしさを増していく。ピンク色のネオンはふわふわと宙を舞い、視覚をおかしくさせた。車は大きな駅の前で停車する。マサは窓を開けた。

「におーせんぱーい!」

なんで、そう聞こうとした時だった。夜の騒がしい駅前で、はっきりと聞こえたその声。窓の外に見えたのは、人懐こい笑顔を浮かべて車に近寄る男の姿だった。

「だれ?」
「アカヤじゃ」

あぁ、あの電話の。アカヤという男はそのまま車の後部座席に乗り込む。私が控え目に後ろを後ろを向くと、彼と目が合う。アカヤは目を丸くさせて私を見た後、座席と座席の間からぐいと顔を近づけてきた。

「センパイ! なんすかこれセンパイの女ぁ!?」

失礼なやつである。一気にそのアカヤを見ている気が失せて、ふいと前を向いた。

「あぁ」
「まじすか! センパイも人並みだったんすねぇ」

「あーやべぇ俺も彼女ほしくなってきたー」と後部座席に横たわって言うアカヤ。マサはそんなアカヤをミラー越しに見て、笑う。夜の光がまるでマサに集まってきているようだ。

「あ! 頼まれたモンちゃんと用意したっすよ!」

がばりと起き上がったアカヤが、持ってきていた紙袋を突きだす。マサに言われてその紙袋を受け取った。中身は化粧品、女物の派手目な服。

「てか、何に使うんスか? こっちの彼女はソッチ系じゃないし」
「……まぁ、いろいろあるんじゃよ」

アカヤはさして気にしていなかった。きっとマサはいつもそうなんだろう。しばらく車を走らせると、後ろに座っていたアカヤが「じゃ、俺ここで!」と車を止める。車から出て行ったアカヤに、マサが手招きした。

「今日の礼じゃ。うまいもんでも食いんしゃい」
「うっそまじすか! センパイあざーっす!」

マサのポケットから、一万円札が三枚出てきた。それを躊躇することなくアカヤに手渡すと、目をキラキラに輝かせた彼は、満天の笑顔で言った。

「肉食います、肉! あ!これ、あとで出世払いします」
「ふ、まっとるぜよ」

それから二言三言交わした二人は、そのまま別れの挨拶まで済ませ、マサが車を出した。ぶんぶんと大きく手を振るアカヤはどんどん小さくなっていくのに、そこだけは明るいままだった。

車の中は真夜中で、きっと世界中がそうなんじゃないかと思わせるくらいの静けさと、闇があった。





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