「私こおいうの大嫌いなんだけど」
「我慢しんしゃい、可愛くしちゃるけん」

車を運転するマサの横で、ビニールの袋の中の商品を見て自然と言葉が出た。彼は私に変装させるらしい。理由は、そろそろ朝やってくるお手伝いさんが私がいないことに気づき、夜になれば警察に通報されるからだそうだ。
車がこの高速に入る前、マサはある駐車場に車と私を置いて、ある量販店に入って行った。私が逃げるかもしれないというのに、のんきな男だと思った。まぁ、もっぱら逃げる気などはないし、逃げたところで私はどうも出来ないのだ。
30分かそこらで戻ってきたマサは、手に大きな袋を持っていた。中身を聞けば、それを手渡された。中には明るすぎる茶色のカツラと化粧品。明らかに私向けではないものばかりだった。

「最悪」
「まぁまぁ」

なだめるように言うマサ。しかし私の機嫌は直らなかった。こんな明るい髪色の女は私の高校には一人もいなかったし、そういうタイプの女は好きではない。自分をぎらぎらに飾って、セルフサービスの着せ替え人形みたいだから。

「今度はどこに行くの」

仕方が無くその袋を足元に置いて、車のエンジンを入れたマサに問いかける。

「あぁ、後輩に頼んだモンを取りに行くんじゃ」

後輩、とは先ほどの"アカヤ"のことだろう。電話の最中、やけにマサは(ほとんどそうは見えないけれど)にこにこしていたから、相当仲がいいんだろう。本人も言っていた通り、可愛くてしょうがないのだ、"アカヤ"が。

車は再び高速を走りだした。
昼間だからだろうか、車の流れは早く、昨日の夜よりも数が多い。しかし流れていく視界は昨日の夜と少しも変わらない。同じ道を通っているはずが無いのに。

私はまた、白い眠りについた。
(まるで水の中に居るみたいに体がふわふわ揺れていた。真っ白い周りの空気は変わらないのに、足元よりもっと下、もっともっと遠いところが黒く、まるで私の世界を侵食するように染まっていた。逃げることはしなかった。しかしだんだんその空気が真っ黒に染まって、私の体しか見えなくなった時、脳裏に不安がよぎったのだ。忘れたはずの、夢の記憶。「パパ、ママ、」そう言って呼んでみてっも、答えが無いのには変わりなかった。怖かった。一度横切って行った不安は、その侵食する黒のように私の体の中を駆け巡った。足が震える。寒い。目を瞑ってもあるのはまっ暗闇だけで、状況は変わらなかった。――その時、だ。目の前に光が見えたのだ。本当に目と鼻の先、私が少しでも動いてしまったら、きっと触れてしまうくらいの――)

見覚えが、あった。



「……なまえ、」
「……は、」
「起きんしゃい。ちょお遅いが昼飯じゃき」

身動きが、取れなかった。目の前にいたマサはもともと猫背の体をもっと屈めて、助手席で寝ていた私の顔を覗き込んでいた。銀髪と、日の光がまぶしかった。

「汗、かいとる」

マサの左手が私のおでこを触った。ひんやりとした左手に、一瞬の気持ちよさを感じる。

「熱は無いのう」

続いて私のおでこに、汗ではりついた前髪を退かして、自分のシャツの裾で拭き始めた。

「き、汚いよ」
「そうか?」

そこでやっと動けるようになった手で、そのシャツと冷たい手を退かした。マサは笑って私の手を取り、そのまま車から降ろす。

「昼飯じゃ」

笑ったマサの顔は、少しだけ、まぶしかった。






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -