「なまえー、出かけるわよー」

母の声が聞こえる。
私が小さな逃亡劇を終えたその日、家で待っていたのは泣きじゃくる母とそれをなだめる父だった。
いなくなったはずの娘をみた両親の顔は、すごく人間味を帯びていて。母は私を抱きめ、父は頭を何度も何度も撫でてくれた。“良かった、本当に良かった”と震えた声で言う二人に、初めて“家族”を感じた。
なぜか私も涙が出てきて、三人でひどく泣いたのを覚えている。

「うん」

それから両親は、私の話をたくさん聞いてくれるようになって、私のことをたくさん見てくれるようになった。これまでのことやこれからのこと、沢山のことを話して、たくさん謝ってくれた。
あれから6年がたち、私は作家になるため少しずつ文章を書き、コンテストに応募する、といった日々を送っている。父親は自分の作った会社への就職を希望していたが、結局私の意思を尊重し、物書きになることを許してくれた。

今が幸せで幸せで、嬉しい。




「今日はお父さんが、どうしてもなまえに会わせたい人がいるって、張り切ってるのよ」
「へえ」
「外国で活躍してるモデルさんで、デザイナーなんかもやってる人なんだけどね。新商品のデザインを引きうけてくださってるんですって」

両親とこんな話をするのも初めは恥ずかしかった。けれど、慣れてしまえば家族で、自然と会話が出来るようになっていた。
母親と乗っていたタクシーを降り、父の会社のロビーに入った。あの日以来、父はこんな風にたくさんの人を私に紹介してくれる。私の世界を広げるために、父はたくさんのことを私に教えてくれようとしているのだ。

ロビーを抜けるとちょうど父が立っていて、その隣には今日紹介してくれるであろう人物の姿があった。

「なまえ、こっちだ」

手を振る父親、その隣。派手な髪色は、窓ガラスから自然と入り込む太陽の光を浴びて、きらきらと光っている。

「……え」

目があった。あの時見た銀髪、暗闇ではない、夜ではないのに光って見えた。

「ま、さ……?」

優しく笑ったその顔を、忘れたことはない。いつか迎えに来ると、絶対に迎えに来ると、信じていた。

「マサ、」

一歩ずつ、互いに距離を縮めた。触れられるところまでやってきて、もう一度笑う。

「俺の名前、仁王雅治、言うんじゃ」
「ほんと、に?」
「ホントじゃけん」
「……っ、わたしの、ホントの、名前」
「みょうじなまえ、ずっと、探しとった女の子じゃ」

「遅れて、すまんかったな」

暗い闇の中、私を照らしてくれた月。私を外の世界へ導いてくれた光の主は、マサだったのだ。
マサは、私にとっての月だった。

両手に溢れる月の優しさとぬくもりを感じながら、何度も彼の本当の名前を呼んだ。




は君だったのだ



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