「あんた誰」

それは二月初めの夜のことだった。急なのどの渇きを訴えた私の体に答えるように、台所へと向かった私。両親不在のこの家に、私以外の人間は存在しないはずだった。

「……この家の人間は、昨日出払ったんじゃなかったか」

あぁ、この男は空き巣なんだな、そう思った。

「私だけ留守番」

そんな私の言葉に深いため息をついた男は、屈めていた細い体を伸ばしながら立ち上がった。銀髪が、カーテンの開いたままの窓からの月明かりできらりと揺れた。空き巣にしてはひどく目立つ風貌である。男はそのままくるりと後ろを向いた。逃げるのかと思ってじっとその背中を見つめていれば、男はリビングのソファに腰かけ、笑った。

「はよう通報しんしゃい。俺は逃げん」

意味がわからない。私のような子娘一人に見つかったからって、こんな往生際の良い空き巣がいるものなのか。本当ならば、私を殺して金や貴重品だけ持って逃げるところなのではないだろうか。この家に置いてあるものなら、小さいものでも結構な値段になるはずだ。

「なんで」
「もう捕まってもよか。俺は疲れた」

不思議な言葉遣いだ。まるで年寄りのようだった。だからこんな髪の色をしているんだろうか?……まさか、ありえない。

「どこに行っても生きてる気がせん。からっぽなんじゃ」

ぐったりと首をもたげて言う男。一歩ずつ近づいてみると、長いまつげが少し揺れた。

「……なんじゃ」

振り返った男は、やはりきれいだった。しかし、青白い肌がまるで、死体のようだと思った。生まれてこの方そんなもの見たこともないけれど、まさにこれがそうなんだと確信した。

「私と一緒に逃げて」

目を丸くした男。なんて人間らしい顔だ。

「私と、逃げて」



月明かりに照らされ、青白く光った指に私は自ら指を絡ませた。
宝石箱と真っ白いワンピース、それだけ持って、男と私は夜道を駆けた。




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