楓子「……先生、あの…!」

大和「……」

楓子「私、先生のこと…」

大和「……」


楓子「先生のこと……、す」
大和「児玉、ひとつ言っとくぞ」
楓子「!」



突然、先生が私の言葉を遮った。
ノドまで出かかった、「好き」という言葉を飲み込む。



(先生……私に「好き」って、言わせないようにしてる…?)



戸惑いながら見つめると、先生がおもむろに口を開く。


大和「これはいわゆる、教育現場における“えこひいき”というものだ」
楓子「……えこひいき」


その現実的な単語に、溢れかけた気持ちが萎んでいく。



(……例えプレゼントを受け取ったとしても、先生と生徒でしかないってこと……? 私は生徒以上には、なれないってこと……?)



思わず視線を落とすと、先生がそのまま言葉を続ける。


大和「でもな、すごく特別な意味を持つ、えこひいきだ」
楓子「え……」


(特別な意味?)


楓子「それって、どんな意味ですか…?」
大和「今はまだ、言えない」


困ったように笑って、ため息をつく。
少し黙った後、先生は、自分に言い聞かせるように話し出した。


大和「…あーあ、大人ってめんどくせーなあ。オレも高校生だったらなって、児玉を見てると、ときどき考える」
楓子「先生……」
大和「でも、オレは大人で、我慢ってものをしなくちゃいけない立場だから」



先生が、何かに願いを込めるように言う。



大和「言えるときが来るまで……待っててくれるか?」



(……先生?)



切なさと期待で、胸がぎゅっと苦しくなる。
先生を見つめると、同じように真っすぐ、見つめ返された。



(言えるときが、来るまで……)



楓子「それって……いつですか?」
大和「もうしばらくしたら、かな」
楓子「しばらくって、どれくらい…?」
大和「…1年ちょっとはかかるかな」
楓子「…いま聞きたい」
大和「…ダメ」


舌を出して、からかうように笑う。


(先生、いたずらっこみたいな顔してる…)


その顔が、いつも教壇に立つ先生じゃなく、ただの男の子みたいに見えて胸がきゅんとした。
目を離せずにいると、その顔がきゅっと引き締まる。


大和「だから、勉強がんばれよ。まだ2年生だと思ってるかもしれないけど、そろそろ進路のことだって頭に入れておかないとダメだからな」
楓子「はい…」


(先生の顔に戻っちゃった……)


大和「あと……夏休みだからって、羽目を外しすぎないように。ナンパされるようなとこ行ったり、薄着で出かけたりすんなよ」
楓子「そんなの、私は大丈夫ですよ。目立たないし…」
大和「そんなことない」


言いかけた言葉を即座に否定される。


大和「…全く、これだから心配になるんだよ」
楓子「え…これだからって、どれだからですか?」
大和「……」


しばらく神妙な面持ちで考え込んだあと、先生が口を開く。


大和「……ハッキリ言っとかないとわかんないみたいだから、言うけど」
楓子「…?」


大和「卒業するまで……彼氏、作るんじゃねぇぞ」


楓子「えっ!?」


思いもよらない言葉に、頭が混乱する。
私の動揺が伝わったかのように、先生も慌て始めた。


大和「いや! ほら、高校生の男なんてガキだから! やらしいことしか考えてねぇから!」


(…やらしいこと!?)


大和「そんなしょーもない男と付き合う時間があったら、勉強してろってこと! そういうことだから! 分かったか!?」
楓子「は、はい!」


言い訳するように言い切った後、赤くなった顔を隠すように、先生は視線をそらして空を見上げた。



(ビックリした……)


ドキドキと鳴る心臓を、必死で鎮める。


(彼氏なんて、作るはずないのに。先生以外の人と、付き合いたいなんて思うはず、ないのに)



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