序章





目の前には土手のようになっている川。斜め右の方にはしっかりした木の橋。橋を渡った先には下町の商店街を思わせる建物。なんか最近見た気がするよ、こんな感じの景色。あ、朝ドラの桃ちゃん先生か。


「えっ、ちょ…ここどこ?」


あたしの記憶が正しかったら、あの路地を抜けた先はこんな景色じゃないはず。バイトでお世話になってた本屋が正面にあって、その隣に大きめの公園があって。さらにその隣の教会があたしん家で…。
全く見覚えのない目の前の光景に、放心状態で突っ立ったまま辺りを眺める。首に掛けたヘッドホンから流れたままの音楽なんて耳に入らない。


「よォ嬢ちゃん、こんな遅くに散歩か?」

「暇してんなら俺らに酌でもしてもらおーか」


声を掛けられて振り向くと、いかにもガラ悪い着流しのおっちゃんが5人いた。うわぁ…。


「すいません、あたし未成年なんで酒の場はちょっと」

「まぁまぁいいじゃねーか」

「そーそー。攘夷志士として日夜頑張ってる俺らに酌してくれたって罰は当たりゃしねぇよ」


あーもーうっとうしい!これだから酔っ払いは嫌いなんだよなぁ…酒臭いし。だいたい日夜頑張ってる人はこんな所で女に絡んだりしないよ。酒臭いよ。


「残念だけど、今忙しいんで。チビ達構うだけで手いっぱいなんで、酔っ払いの相手なんかしてる暇なくて。とゆーわけで、さよならー」

これでもまだ絡んで来たら投げ飛ばしてやるなんて物騒なことを考えつつ、吐き捨てるように告げる。


「このアマ…!ナメやがって、殺してやる!」

「………!」


振り下ろされた何かを間一髪で避ける。あれ、刀だ……本物?他の4人も続くようにして抜刀する。わぉ、銃刀法違反者がいっぱーい☆お巡りさんこっちです…って言ってる場合か!
またもや向かって来た刀を飛び退いて避ける。丸腰相手に刀でリンチって酷くない!?

こうなったら、反撃するしかないか…師範には私闘は禁止されてるけど、四の五の言ってられないもんね。伸される前に伸してやる!
相手に向き直って構えると、丸腰で挑むなんてな…と下品な笑いを浮かべた5人。うっわーきもちわる…。

斬り込んできた1人をその場で回転するように受け流し、遠心力を利用して威力の上がった肘を叩き込む。仲間があっさり気絶させられて焦っている隙をついて、がら空きの腹部に掌底を叩き込む。これであと3人。
あたしを危険だと見なしたのか構え直したのを見て口角を上げる。余裕なんてないよ。ただの挑発です。

同時に向かって来た2人を後ろに下がってかわし、前屈みになっている1人の首に手刀を落とす。もう1人はかわした際に拾っておいた刀の柄を鳩尾に叩き込んで、はい終了。


「あと1人………っ!」


顔を上げた瞬間背中に走った鋭い痛み。どうやら2人に気を取られてる隙に背後に回っていたらしい5人目に斬られたみたいだ。
やば、結構思い切り斬られてる。傷が痛いを通り越して熱い。
飛びそうになる意識を何とか留め、足を踏ん張って倒れ掛けた体を支える。背中から一気に溢れ出す赤に呻き声を上げてしまったけど、それもこらえる。
勢いよく振り向き、踏みとどまったあたしに驚いている男の頭を思い切り蹴り飛ばす。得意技は回し蹴りです。

何とか伸したけど、こちらももう限界だ。血止まらないし、そのせいかクラクラしてきた。やばいと思った刹那パタリと地面に倒れ、力なく横たわる。


「あはは…カッコつかないなぁ…もう……」


背中の生暖かい感覚が薄れるにつれて、頭も靄がかかったように朧気になっていく。あーあ、明日も朝から仕込みあったのに…親方すいません、仕事行けなさそうです。


「せめて…シスターにお礼、言いたかったなぁ…」


薄れゆく意識をつなぎ止めることはできず、そのままあたしの視界は暗転した。





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